ここにあげる表は、藤沢衛彦の『図説日本民俗学全集』(民間信仰・妖怪編)(1961)に掲載されている「鹿都部左衛門の百鬼夜狂」の項目で列挙されている妖怪たちの名前(狂歌の題につかわれたと解説されているもの)と、その参考文献と見られる『狂歌百鬼夜興』の題とを比べてみたものです。
「鹿都部左衛門の百鬼夜狂」の項目であげられた名称のみでは不明な存在として浮かび上がっていた妖怪が一部いましたが、これによってその正体が判別するものもあるかと思います。
『狂歌百鬼夜興』は文政12年(1829)ころ、京都の菊廼屋真恵美[きくのやまえみ]によってひらかれた「百鬼夜行」を題とした会で詠まれた狂歌をあつめた本で、100個の題をもとにして、24名の詠み手が狂歌を詠んでいます。「鹿都部左衛門の百鬼夜狂」と紹介されたのは、本の冒頭に鹿都部左衛門尉[しかつべさえもんのじょう]の署名がつけられた「百物語戯歌の式」というおきてがきが掲載されている所に由来しています。
鹿都部左衛門尉は鹿津部真顔[しかつべまがお]のことで、天明5年(1785)に出された『狂歌百鬼夜狂』の詠み手のひとりでもある狂歌師ですが、この本の詠み手には加わっておらず、どの程度の関係だったのかは詳しくわかっていません。しかし、この文政の『狂歌百鬼夜興』が、天明の『狂歌百鬼夜狂』を手本にして成立しているのは隠れのない事実ですので、関連性をうかがう付録として「天明と共通している」の一項を以下の表にだきあわせておきます。
『狂歌百鬼夜興』 | 「鹿都部左衛門の百鬼夜狂」の項でドーナノ | 天明と共通している |
元興寺 | ○ | ○ |
丑時参 | 野自来(のじく)と表記 翻刻時の魯魚か | ― |
女の首 | ○ | ○ |
海坊主 | ○ | ○ |
うぶ女 | うぶめと表記 | ○ |
姥が火 | ○ | ○ |
皿屋敷 | × 未掲出 | ○ |
幽霊 | ○ | ○ |
壁座頭 | × 未掲出 | ○ |
逆柱 | ○ | ○ |
大天窓 | × 未掲出 | ○ 大あたま |
木魂 | 木魅と表記 | ○ |
うしろ髪 | ○ | ○ |
死霊 | ○ | ○ |
小袖の手 | ○ | ○ |
切禿 | ○ | ○ |
大座頭 | ○ | ○ |
灯台鬼 | ○ | ― |
狸 | ○ | ○ |
酒買小僧 | ○ | ― |
かさね | ○ | ― |
帯取池 | ○ | ○ 帯取が池 |
羅城門 | ○ | ○ 羅生門 |
逆幽霊 | ○ | ○ |
土蜘蛛 | ○ | ○ |
げらげら女 | ○ | ― |
天井下り | ○ | ― |
川太郎 | ○ | ― |
枕がえし | ○ | ○ 枕返し |
ぬっぺら坊 | ○ | のっぺらぼうがいる |
やれ車 | ○ | ― |
なめ女 | ○ | ○ |
三ッ目 | ○ | 三目入道がいる |
鉄鼠 | ○ | ― |
一ッ眼 | ○ | 一ッ目小僧がいる |
髪切 | ○ | ○ |
油なめ | ○ | ○ |
狒々 | ○ | ○ |
古椿 | ○ | ○ |
戻り橋 | ○ | ○ |
札めくり | ○ | 札へがしがいる |
鬼 | ○ | ○ |
火の車 | 火車と表記 歌中では火車(ひぐるま) | ○ 火車(かしゃ) |
轆轤首 | ○ | ○ |
屏風覗 | ○ | ― |
狐火 | ○ | ― |
天狗 | ○ | ○ |
雪女 | ○ | ○ |
され頭 | ○ | ― |
叢原火 | ○ | ― |
毛女郎 | ○ | ○ |
生霊 | ○ | ○ |
迷の金 | 逆の金と表記 魯魚 | ○ 迷ひの金 |
文福茶釜 | ○ | ○ |
安達原 | ○ | ○ |
天井の手 | 天井火と表記 魯魚 | ○ |
竜灯 | ○ | ○ |
古戦場 | ○ | ○ |
実方雀 | ○ | ○ |
片輪車 | ○ | ○ |
牛鬼 | ○ | ○ |
金の精 | ○ | 金だまがいる |
牡丹灯篭 | ○ | ○ |
猫また | ○ | ○ |
火消ばば | 火消婆と表記 | ― |
火柱 | ○ | ― |
犬神 | ○ | ○ |
髑髏 | ○ | 骸骨がいる |
古井戸 | ○ | ○ |
鵺で表記 | ○ 鵺 | |
紅葉狩 | ○ | 戸がくし山がいる |
あやかし | ○ | ○ |
長髪 | ○ | ○ |
貉 | ○ | ○ |
人魂 | ○ | ○ |
おいてけ堀 | ○ | ○ |
山姥 | ○ | ○ |
青女房 | ○ | ○ |
物のけ | 新の気と表記 魯魚 | ○ もののけ |
四隅小僧 | ○ | ○ |
化物屋舗 | 化物屋敷で表記 | ○ 化物やしき |
雨女 | ○ | ― |
不知火 | ○ | ― |
おさかべ | ○ | ○ |
肉吸い | ○ | ○ |
鬼女 | ○ | ○ |
高入道 | ○ | 見越入道、大入道がいる |
舟幽霊 | 船幽霊と表記 | ○ 船幽霊 |
殺生石 | ○ | ○ |
山鳥 | ○ | ○ |
やま男 | ○ | ○ |
家鳴 | ○ | ― |
逢魔時 | × 未掲出 | ○ |
眼張入道 | ○ | ― |
橋姫 | ○ | ― |
離魂病 | ○ | ○ |
角盥 | ○ | ― |
光り物 | ○ | ○ 光物 |
高砂松 | ○ | ○ |
魔風 | ○ | ○ |
題に見られる妖怪たちは鬼質区分で見ると「後絵本紀」(Upper Ehon period)に相当していて、実際に各地各地で伝承をもった妖怪ばかりが撰ばれているわけではなく、当時版行されていた絵本などに確認される妖怪が多くを占めています。この傾向は先行する『狂歌百鬼夜狂』(1785)にも見られていていますが、これは妖怪の呼び名を100個きっちりと題に上げるのが案外困難な点から(当時、民間に周知されてた伝承や現象の妖怪に、あまり定まった名前を持ってるものがいないのが要因)生じたものではないかとも考えられます。
菊廼屋真恵美たちが『狂歌百鬼夜興』に編成した100体の妖怪は、呼び名や傾向などから鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(1776-)などの絵本を典拠にしていたとも考えられますが、ほぼ『狂歌百鬼夜狂』(1785)と同じ編成がとられていてる事を考えると、先行する百鬼夜行にした狂歌集を直接の典拠にして編成が組まれたものが多い、と見て問題ないようです。
Huzisawa Morihiko, In: Zusetu Nippon Minzokugaku zensyu (4) Tokyo ,Akane syobo ,1961
Yosida Koiti, Kurasima Sumiko, In: Kyoka Hyakkiyakyo (Koten bunko 662), Tokyo , Koten bunko ,2002