文春オンライン
「「民俗学といえば妖怪、夜這いでしょ?」民俗学者が悩む“風評被害”」
に対する室温の高き意見書

2020.02.01 氷厘亭氷泉 

室井康成「「民俗学といえば妖怪、夜這いでしょ?」民俗学者が悩む“風評被害”」(『文春オンライン』、2020.01.17)について、記述しておくべき点をいくつか載せておくことにしました。

文春オンラインが掲載をした室井康成さんによる記事の内容については、本題であるはずの「Twitterでの炎上について」の考察では無く、それを土台に用いたダケの全く別の内容だった点について、記事中に出て来た「妖怪研究者」当人である廣田龍平さんが「文春オンラインの「「民俗学といえば妖怪、夜這いでしょ?」民俗学者が悩む“風評被害” 」という記事について」(『妖怪と、人類学的な雑記』、2020.01.20)という記事として公開してるので、文春記事がそもそもどんな意味・立ち位置・目的の記事だったのかについての裁定は各々が判断してください。

ここでとりあつかう問題は、文春記事の文字そのほかをふくめた全体のしつらえ。
そして、妖怪のとりあつかいについてです。

簡略にいえば、文春記事で登場した妖怪マニアイメージそのものが想像や認識不足でしかないという部分です。

大きく分けて3つ、書いてみましたのでご参考ください。

廣田記事における狭義の「発狂倶楽部」(妖怪に関するヤバイひと)は、現実に即して言えば、この「妖怪仝友会」を日頃閲覧してるような太平楽な人類たちである。
発狂倶楽部という形容詞は『地獄極楽めぐり』(1956年)の文中表現に由来する。2018年11月から用いられはじめた。(『大佐用』vol.161
廣田記事では「発狂倶楽部」という第三者からみても対象がキチンとしぼれる言葉が用いられた。2010年代以前であれば、ここに代入されるのは対象が曖昧でしかない言葉しか無かったと言える。マイケル・ディラン・フォスター『日本妖怪考 百鬼夜行から水木しげるまで』(原書・2009年)で記述されたような例(273-279ページ)も、分母が大きすぎてしぼることは出来ず、このような場では不向きであったろう。第三者からみて対象が明確にしぼれる理由は「発狂倶楽部クラスタ」という集合体の分母が「妖怪」ではなく、「現代の狂画・戯文」であるからダ。

1.整理整頓すべき部分

室井記事で登場した「妖怪研究者と妖怪マニア」とは、廣田記事で指摘されてるとおり、文中の図式にあてはめれば「廣田龍平と発狂倶楽部」です。

この、室井記事でいうところの発狂倶楽部(実体としては、発狂倶楽部のなかの「妖怪に関するヤバイひと」)である吾曹個人も、2019年12月に「風評被害ツイート」に関連する難じを示していたことは事実であるので何も問題点はないのですが、その内容についてが巨大な問題点です。

室井記事での書かれ方――

妖怪を直接批判しなくても、ネガティブな文脈で語っただけで、あたかも「自分たちが否定された」かのように即断し、共通の敵に対しては猛然と反撃に出る人々と環境とが、常に存在するらしいということである。室井康成「「民俗学といえば妖怪、夜這いでしょ?」民俗学者が悩む“風評被害”」

――に、よれば「妖怪研究者と妖怪マニア/廣田龍平と発狂倶楽部」は、室井さんによる「妖怪=民俗学イメージは風評被害」とする「風評被害ツイート」に対し「ネガティブ意見だ!! われわれの考えが否定されている!!」と煽られて活動をしたと描写されており、そこが術語のぼこぼこ並ぶ室井記事本体につながってるわけですが、根本的にココがイチバンの「廣田龍平と発狂倶楽部」に対する認識不足なのですネ。

室井記事での記述にあてはめると、「廣田龍平と発狂倶楽部」であることは正しいが、室井記事が示す範囲から策定すると、「廣田龍平と発狂倶楽部」の「発狂倶楽部」は発狂倶楽部な遊興にうつつをぬかしてる存在全体ではなく、そのうちの4、5人でしかない。(そもそも半分くらいのひとは廣田さんのツイートに興味が無い)
妖怪研究者と妖怪マニア=廣田龍平と発狂倶楽部」では無い、という意見が出て来ると面白いのだが2020年1月24日時点でそのような意見は世上にみられない。
風評被害ツイート(2019.12)と室井・廣田両記事(2020.01)は、訴えている内容が全く別ものだと思うが、Twitter上で発せられてる「記事」の感想には「ツイート」内容への感想も多々ある。世間は案外「ツイート」内容について言及する段階にしか興味は無いのではないだろうか。

2.吾々からみた「妖怪=民俗学」「民俗学=妖怪」イメージ

室井さんは記事の1ページめで、ツイートのきっかけを述べてる。

あらかじめ講義計画で示した内容とあまりにズレた質問をする学生と度々出会うにつけ、私の中で、「なぜ世間では民俗学に『妖怪』や『夜這い』といったエキセントリックなイメージが付着しているのだろう」という疑問が芽生えていった。室井康成「「民俗学といえば妖怪、夜這いでしょ?」民俗学者が悩む“風評被害”」

吾々の意見そのものは廣田記事で書かれてるごとく、この「風評被害ツイート」の内容の芯と同じようなもので、「民俗学って妖怪の研究をするんでしょ」とか「妖怪を研究する学問が民俗学である」といったような一般における「妖怪=民俗学」あるいは「民俗学=妖怪」と限定すること前提のイメージに対して、「それは根拠の特にないヘナチョコな意見・イメージでしかない」という態度しか持ってません。

なぜなら、民俗学的な採取領域や、民俗学的な結論を求めるために書かれた既存の資料ダケでは、自身らに必要な「妖怪」の領域がろくにカバー出来ないことを十二分に分かった上で、おのおのが考察なり遊興なりを何年〜10何年もつづけてる面々が多数を占めてるからです。

廣田記事にある――

加えて、「発狂倶楽部」にとって民俗学は妖怪を楽しむための多くの視点のうちの一つに過ぎない。たとえ民俗学的に「保護・顕彰」すべき妖怪がいるとしても、それは発狂倶楽部のとりあつかう妖怪の一部に過ぎないのである。そもそも妖怪研究が民俗学以外のほうで盛んに行なわれていると言うのは、この分野に足を踏み入れたならばすぐにわかることだ。室井氏のほうこそ、妖怪研究といえば民俗学という通俗的イメージで視野を狭めているのではないか。廣田龍平「文春オンラインの「「民俗学といえば妖怪、夜這いでしょ?」民俗学者が悩む“風評被害” 」という記事について」

――といった発狂倶楽部(室井さんの記事で某妖怪研究者の末社のように書かれる存在)についての描写は、こういった日頃の吾々の活動の芯を観察した上での、ごくフツーの記述だ。

なので、「この民俗学の講義には、妖怪や夜這いが出て来ないのですか?」という言葉が教室で出たという「風評被害ツイート」内容に至っては「固定電話のかけかたをしらない学生・新入社員がいた」というはなしをよそさまから聴かされたようなレベルの話題であって、当初からの興味は「訊かれた後にどういう会話がつづいたのか」とか「その質問はどういうイメージから発せられてたのか」とかにしかないのです。

そのため、当初から吾曹のTwitterでのツイート主眼も、「民俗学=妖怪」イメージそのものがいかにヘナチョコであるかについての内容が並ぶ。

妖怪をどの側面角度から掘るのが一番おもしろい? は自分の場合は絵画/戯文とそれに直結する演芸戯曲資料だから民俗学での妖怪とはだいぶ遠くて、感覚的には多くの人口はこっち寄りなハズなんだけど、ロジックで「民俗」関連のを引きすぎて示してない人口が相当あると思う。Twitter・氷厘亭氷泉(2019.12.20 22:29)
純粋に絵画もの(たとえば芳年とか国芳あるいは石燕や春泉斎)が解説されてても概説的なターンで強制的に『妖怪談義』に戻されてしまうから民俗学=妖怪とぜんぜん無関係な場で直結性を雰囲気として持たされて受け取られてしまうのであってナ。Twitter・氷厘亭氷泉(2019.12.20 22:46)
妖怪=民俗学が藤澤衛彦によってつくられてしまった! とかなら双方的(画像的なものも民俗に組み込んでいっちゃう)に合致する見識になるんだけど、そういう見識は「まとめ」ものページとかで論ずるひとが出ないでしょ。そのへんもまた、「民俗=妖怪」イメージ上の紋切意見の焼直しでしかないのネ。Twitter・氷厘亭氷泉(2019.12.20 22:54)
民俗学のなかでは妖怪を主眼範囲にしてないひともいっぱいいるわけだから、すべての民俗学者=妖怪を研究してるのイメージのほっつき歩きの問題よネ。 Twitter・氷厘亭氷泉(2019.12.20 23:18)
心意伝承方面の民俗を強めよう、と考えて今野圓輔が深めたときに主流周辺からどういうあつかい受けてたかとかすらも「過去形」として出て来ないわけだからナ。 Twitter・氷厘亭氷泉(2019.12.20 23:33)
濃すぎる学徒たちの場合
「いつになったら追分節でてくるんですか」
「いつになったら二十三夜講でてくるんですか」
「いつになったら寒天をつかう盆菓子でてくるんですか」
「いつになったら『生と死と雨だれ落ち』読むんですか」
「いつになったら川ぴたり餅でてくるんですか」
Twitter・氷厘亭氷泉(2019.12.20 23:47)
こういった妖怪だの夜這いだの以外の範囲について、「出ないんだよ、風評被害だ」と言った状況とかが発生した場合、果たしてどんな風な「民俗学のイメージでは…」って語りがコメンタリー構成されるのかは興味ある。 Twitter・氷厘亭氷泉(2019.12.20 23:59)

「民俗学=妖怪」とは逆の立場のイメージであるところの「妖怪=民俗学」というイメージについては、むしろ吾々のほうが日常的に触れつづけてる問題観察対象であり、「そうではない妖怪」を「民俗学的な妖怪」と紹介されたりすると反論を浮かべる人々と環境がそろってるぐらいです。


このような「イメージ」に対する吾々の態度は、それこそドコソコの妖怪研究者の本をチョイと読んだり外題学問できのうきょう得たものではなく、2010年代を通じて一貫したものであることについては、サイト縦覧なりツイート検索なりしてもらえばわかると思います。

Twitter上で室井さんの「風評被害ツイート」が出された12月中旬から、1月中旬『文春オンライン』に記事が掲載されるまでのあいだ、一度たりとも「妖怪研究者と妖怪マニア/廣田龍平と発狂倶楽部」として俎上にあげてるハズの「妖怪マニア/発狂倶楽部」について、観察すらせずに記事本文をお書きになったのですか、としか言えません。

ここでの「吾々」が、「発狂倶楽部のなかの「妖怪に関するヤバイひと」」であることは、年がら年中なので、ながめてる人々(発狂倶楽部ではない人まで含めて)にも良く知られてるところであろう。
廣田記事は「通俗的な民俗学イメージ」という言葉を便宜として用いるが、吾曹は各種の学問領域までも含めた発信者全体が「妖怪」を語る上で(「民俗学」では無い)そのイメージを無意識につくりつづけてる点が問題であると意識してる。
末社…幇間、たいこもち。
「発狂倶楽部のなかの「妖怪に関するヤバイひと」と目される人々は大体が「民俗学の妖怪」以外の領域を主題としていることが多い。例えば廣田記事で発狂倶楽部の中心と名指しされてしまった氷厘亭氷泉の基礎は徳川末期から明治にかけての錦絵や戯作・演芸全般であって、「どうしてそこには、1980年代以後に一般的な江戸時代の妖怪としてイメージされる民俗資料の妖怪や、石燕・絵巻物の妖怪がメインとして存在していないのか」というのが妖怪に対する基本姿勢である。(もともと「発狂倶楽部」自体が「妖怪研究」をする集団ではなく、狂画や戯文を現代に生産する集団なので、「氷厘亭氷泉と発狂倶楽部」という指摘は、広義と狭義の「発狂倶楽部」をキチンと観察した上での認識なのだろう)
他にも、付喪神を文献的に調査考察する者、水木しげる・佐藤有文に影響を与えた妖怪資料の変遷を明確にする者、あくまで絵画表現の一分野として考察する者、報告書には存在してるが現状の民俗学の範囲内で妖怪として扱われてない・認識されてない記述を比較検討する者、など多彩である。もちろん「民俗学は妖怪を研究できない」ということを言ってるわけではなくて、実際に民俗学な手法で事例の採訪や調査を行ってる者もこの輪のなかにはいる。こうした点も、果たして観察された上での記事だったのかどうかについてが、不安なところ。
吾曹が12月に「風評被害ツイート」の存在を知ったのは、日頃から「たのしい俗信」などを通じて交流のある幣束さんが「民俗学=妖怪イメージ」についての感想ツイートをしてたことによる。それをうけて、はじめから「民俗学=妖怪イメージ」についてのいつものつぶやきとしてはじめたのが左に挙げたつぶやきの流れだった。
藤澤衛彦の活動や学問全体については「異類の会」という研究会にて実物資料に基づいた展示発表をさせていただいた。現在の主流「民俗学」以外の領域での妖怪資料の取り扱いについての考究(柳田・今野・井之口、および宮田や小松の流れ以外のもの)について、吾々は常に『大佐用』などを通じて皷吹している立場である。
12月20日の一連のつぶやきに出て来る「まとめものページ」だとか「コメンタリー構成」といった言葉は、リツイートをして眺めてみたtogetter「民俗学のイメージとして「妖怪」「夜這い」が代表するようになったのは何の影響?民俗学講義の受講生から言われて絶句した一言」(2019.12.19〜)について。
濃すぎる学徒…当然これは「民俗学について基礎知識をもった初学者」という意味ではない。「民俗学=妖怪」のような、創作や一般論説でありふれてる平凡な一般イメージ以外の要素で埋まってた場合、という意味合いの戯文だ。
吾々が継続して考察する主題のなかから例をあげれば、「付喪神が民間にあった伝承であると前提するような論説」や「絵巻物のぬりかべは九州に伝承される塗壁を伝承に基づいて描いた作例とするような論説」に対しての意見提示や、「魔像や猫鬼研究会についての傍証考察」などは、基本としてこれらの存在を無批判に「妖怪作品であるから民間伝承がまず存在するのだろう」というイメージに由来する前提(これは「民俗学=妖怪」イメージの醸成によって、一般知識として根をはってる)を、まず持たないことが基本として求められてます。
…そのような姿勢は、具体的に以下の記事などからも受け取ってもらえると思います。これらの記事は、発狂倶楽部でこのような話題が常にあがっていることを受けて、それをまとめて紹介したり、さらに掘り下げたりしたものです。
■付喪神について
「陰陽雑記と陰陽記」(『大佐用』vol.165)
■ぬりかべについて
「壁は夢 塗壁は夢」(『大佐用』vol.117)
■魔像について
「魔像のおさかな」「2」(『大佐用』vol.135-136)
「魔像デザインのモトとなった妖怪」(『たわらがた』創刊号、2019)
まさに外題学問の結果として、「妖怪を論じた民俗学者」として挙げられるイメージが「柳田國男」以外にとして登場しない意見が、Twitterやtogetterに強く見られたのが、吾々の咲いどころであり、ため息でもあった。今野圓輔・井之口章次・桂井和雄などはミジンコほどにも一般層にも中間知識層にも無かったのである。
ネガティブというよりも、妖怪はすべて民俗学であると無批判にポジティブにするイメージに対してのほうが、狭義の発狂倶楽部は反論を出やすいのであろう。

3.文春記事の本文以外にうかがえた「妖怪」イメージ

記事中のもっとも太い屋台骨「妖怪研究者と妖怪マニア」の「妖怪マニア」のハズであるのに、ナゼか「主義」も「思想」も改変されて杜撰にあてはめられた吾々ですが(民俗学の教鞭をとる職業者では無いという程度の意味だとすこやかに受け取りますが)、上記のようなイメージを普段から持っている吾々だからこそ、『文春オンライン』の記事を画面で見たときに感じた第一印象というのは、

Twitterで文春オンラインの当該記事をリンク表示した際に出るヘッダー表示



「どうして、民俗学=妖怪ではないと語るハズの記事なのに写真が民俗なイメージのものじゃないんだろう」

――というものでした。早い段階で吾曹がそこについて言及しおえてしまったので、Twitter上のいろいろなひとの感想として、第一印象をそこに持ったかどうかはあまり数として観測できませんでしたが、少なくとも日常的に絵巻物や版本に見られる画像要素の豊富な妖怪は、おおむね、民俗学な妖怪ではないと認識してる吾々ですから、このツイート表示される画像を見た際に「このような内容の記事にこの妖怪が写真図版に選抜されてる点についてどう感じますか」と問えば、誰もが先ほどのように感じると確信をもって考えます。

これが、河童(かっぱ)や山童(やまわろ)の写真図版だったりしたら即断は出来ないのですが、Twitterのタイムラインに常に出ずっぱりの大暖簾として使われてるヘッダー図版が、妖怪絵巻物のなかの赤口(あかくち)の写真だった点で、まず読む前に内容や「妖怪」の認識について若干の不安を覚えました。

『文春オンライン』に掲載された室井記事には、他に妖怪の図版として北斎の描いた『百ものがたり』の笑般若(わらいはんにゃ)が使われてましたが、赤口ほどでは無いにしても、これも「どうして話題と無関係なものをあげるのだろう」といった程度にしか感じられませんでした。


 ……「妖怪」が文章中にとりあつかわれてるから、図版として「妖怪」は入れよう。
 ……ただし、その選抜に深い参考の意味が何も無い。

――こういった写真はイメージです式に掲載されてるんだろうなァと感じてしまう図版(特に徳川時代の画像妖怪の写真図版)の民俗学論説への使用についても、吾々は「民俗学=妖怪」イメージ問題のひとつとしてしばしば採り上げてるので、違和感としか覚えないのです。

『文春オンライン』の記事まわりの図版が、編集子など他者による無作為な選抜だとすれば、それはそれで室井さんの難じてるような「民俗学=妖怪」イメージを掲載媒体自体がイメージレベルとして持ってることになりますし、室井さんが絵巻物や錦絵の「妖怪」を正常な「民俗学的な妖怪」のイメージ図版として掲載なさったとすれば、それはそれで「吾々の考察とは異なる立場を持ってらっしゃるんだなァ」と言うまでのことです。

しかし、室井記事で書かれてる「妖怪研究者と妖怪マニア/廣田龍平と発狂倶楽部」の考える妖怪イメージ(日本の古き良き、民俗学の妖怪)は、こういうものである!!――という意図で掲載をしたとすれば、ヤッパリそれは現実に反したものでしかなく、吾々の「妖怪」のとりあつかい態度についてを本当の本当の本当の基礎から何も観察して発言をなさってない、ということにほかなりません。

廣田記事が指摘したように、室井記事の問題点は「妖怪マニア」として指定した集団が共有してるであろう思想部分を180度異なった集団に仕立ててしまった点にある。まずここの大多数が「妖怪=民俗学だ」という限定イメージをそろって念仏として唱えてない限り、論として進まない。「江戸しぐさ普及集団」として「江戸しぐさの無かった点を検証をしてる人々」を本文に組み込んだようなかたちダ。
おおむね、というのは鬼、天狗、山姥、河童、狐狸などは徳川前半〜後半の時点で既に画像要素も絵画や芸能を通じて市街地を中心に広く伝播し、伝承要素との結びつきの歴史が深いため。
例えば今野圓輔『日本怪談集 妖怪篇』は、表紙図案に鳥山石燕の輪入道の絵が用いられてる。しかし民俗資料や新聞記事を主な採録対象としたこの本には鳥山石燕の画像妖怪そのものをとりあつかう気は全く無い。
今野圓輔は図書案内のなかで鳥山石燕の画像については「造型化された妖怪の種本」(『怪談 -民俗学の立場から』19刷以後、215ページ)と、民俗学の研究対象としては明確な区分をもって本文で用いてる。しかし、それにもかかわらず、表紙として同書は鳥山石燕の青女房(こちらも全く本文に出て来ない)を使ってる。――今野圓輔のこのような図版の使用法は当時の民俗学からみてもヘンテコな装幀コーデだったわけだが、今野圓輔の著書に見られるような本文内容のほか造本を含めた全体についてまわる「民俗学・本文に言及や関係の無さすぎる画像妖怪」というコーデそのものは、現代でも手軽に図書館なり本屋さんなりで目撃すること頻繁なのは誰もが確認できる。このような「民俗学」についての図書が1980年代以後に「民俗学=妖怪」という一般イメージを醸成する麹蘖になったともいえるわけ。
絵巻物や錦絵の画像妖怪たちは、吾々のなかでは既に「絵画における妖怪」というのが主要研究イメージとなってる。1960年代以後、特にこの分野の妖怪が民俗学的な要素を過剰に佃承(伝承を装った情報添加)されつつ創作されたことを実地考究してるため、「民俗学的」という印象が特別に無い
赤口(赤舌)には現状、絵巻物に描かれる際に素材になったとおぼしい物語や伝説は確認されてない。おもに狩野家に伝わる妖怪絵巻物に描かれる画像妖怪には、先行する物語や説話など由来のものと、形状のみがデザインされそこに名称が付されたものとに大きく分けることが出来る。(後者に属するぬらりひょんうわんに民俗的な伝承が直結して存在せず、同列に描かれてる山姥や河童のように全国分布してないことは、現代では多少興味のある人間なら誰でもわきまえてると思う)赤口(赤舌)は後者に属する。
このあたりの画像・伝承の要素量による個々の妖怪例に対する区分は各自の考察や『大佐用』でも常に用いられてるものであり、発狂倶楽部にとっては考察を進める上での基礎中の基礎として共有されてる。
■詳しい概説…
『妖怪要説 鬼質学紺珠』(2018)

まとめ

縷々と詳述しましたが、単純な結論として室井康成「「民俗学といえば妖怪、夜這いでしょ?」民俗学者が悩む“風評被害”」(『文春オンライン』、2020.01.17)にホンのついでに書かれた吾々は、「思想」も「態度」も完全に逆転したものだったということです。

「妖怪=民俗学」イメージについて、それを日頃から「どうして民俗学ダケに限定するイメージがつづいてるのだろう」という視点を、とりわけ吾曹などは廣田さん以上に持ってますので(どちらといえば、民俗学の手法も用いてる廣田さんより、そのイメージを否定的に語ってると思う)その部分を完全に誤って記述されたことについては、「妖怪」と「妖怪について民俗学以外の立場から考察する際のとりあつかい方」について他者に向けて発信することを含めて活動しつづけて来た吾々の全行動を何一つ確認をとることもなく否定されつつ晒されたことに変わりありません。


また、『文春オンライン』の記事は当該人物の名称をすべてぼかして、文章上はどこのだれ兵衛であるのかが一般読者に明確になるようにも書かれてません。

しかし、Twitter上の廣田さん・室井さんのツイートを見ていた多くの衆人には、記事に書かれてるのが室井さんと廣田さんであることは猫も杓子もスグに察しがつきますし、ましてやそこで妖怪マニア――と、その他大勢感覚で杜撰に書かれた面々も、まったく同様です。(第三者からみて、廣田さんとつながってる妖怪マニアとやらに該当する大学の教壇に立ってない人々も地球上にあまりにもいないので


仮に、吾々の存在を見るなり読むなり確認をした上での無記載・思想信条そのものの内容改竄だとすれば、明らかな捏造です。


しかし、捏造などは一切なく、単純に吾々の存在や発言を何ひとつ確認することなくあのようにまとめたのだとしたらば、そちらだった場合のほうが、真っ当な芯のある「民俗学」および「研究者と社会全般」に対する意見として配信されるべき内容と言えるものなのか、さらに疑問の生ずる記事です。


いずれにしろ、吾々が全く異なった思想を持った集団であると『文春オンライン』が配信したことは紛れもない事実です。
キチンとしたご回答なりを望む段、ここに意見書として艸して公開するものです。



トップページ