「後絵巻紀」に描かれてきた、大部分が画像細胞を多くもった妖怪たちによる構成の絵巻物のうち、「みのけだち」や「はじかき」「りうんばう」または「かすくらい」や「おっか」などが見られる絵巻物たちを中心とした比較表です。確認次第増補して参ります。
●方郁 『百鬼夜行化絵絵巻』(1780)湯本豪一コレクション ――部分
●歴博 『化物絵巻』(18c)国立歴史民俗博物館
●蓼我 肉筆画帖にある断簡群(19c)大英博物館(* 大佐用 vol.328も参照)
●郷澄 尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』(1832)松井文庫
●季親 北斎季親『化物尽絵巻』(19c)国際日本文化研究センター
●洞谷 尾形洞谷『百物語図』(1802)福岡県立美術館 『妖怪図』とも、尾形洞秀からの写し。呼び名なしも多い。
●歌麿 2世喜多川歌麿『百鬼夜行絵巻』(19c)大吉寺 ――歌麿百鬼・百鬼絵巻とも。9図は確認(全体は21図)
●蕪雪 リチャード・ゴールドマンのための肉筆挿絵、個別の呼び名なし(*『広益体 妖怪普及史』>も参照)
●古法眼 『嬉遊笑覧』化物絵の項目にある狩野家に伝わる絵巻物にあるとされる妖怪名。
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『化物絵巻』(18c)国立歴史民俗博物館と、ウィリアム・アンダーソン(1842-1900)が明治時代に持ち帰った肉筆画帖にある断簡群(19c・大英博物館)とのあいだには、「しょうけら」や「ひょうすべ」に朱筆で別に漢字が書き込まれる箇所(蓼我の側の「しょうけら」がまったく同じ書き方になってる)や、標準的な構成では「山姥」として描かれるデザインが「山男」となっている箇所が重なっており、最も前後関係が近しいものであることがわかります。
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肉筆画帖にある断簡群(19c・大英博物館)の厄視S・チミ・牛頭・モウリョウなどは他の作例がまだ未見ですが、土佐家で描かれて来た『百鬼夜行絵巻』に描かれてる画像妖怪たちに呼び名をつけて、リデザインして切り出してる例で、基本的には大地打、大化・ちからここ、にがわらい・いそがし等とデザイン手法自体は重なってます。
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王摩系統とも重なりが見られ、「上口」「下口」「濡坊主」などが共通している点から『化物づくし絵巻』三康図書館などは、狩野+系統と王摩系統の中間的な位置にあたると言えます。
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この系統には、鳥山石燕『画図百鬼夜行』(1776)と酷似したデザインの存在が描かれることもあります(蓼我や郷澄の事例。比較表では▲)作品年代としては石燕作品よりも後発であることが明格なため、石燕を参照したものも混入しているとみるのが簡単な理解です。ただし、用いられてるのは『画図百鬼夜行』(1776)のみで、その後の石燕の本の画像妖怪が含まれてないことや、石燕以前の年代の絵巻物とのデザイン継承の前後関係については不鮮明な箇所がまだあります。
よって、石燕との酷似したデザインについての前後関係については、以下の2経路が想定されます――
▲絵巻物が石燕の初作のみを参照した
(石燕作品と意識されずデザインがその後も絵巻物で部分的に流用)
▲石燕も絵巻物の先輩表現を参照した
(石燕が初作で利用した粉本が古い未見の絵巻物にまだまだある)
――どちらにしても総体から眺めてみれば狩野+系統の絵巻物も王摩系統と同じく古くから伝来した絵巻物の画像妖怪たちや絵巻物独自の画像妖怪の例のほうが多く、
石燕作品のみを参照にしては描けない例のほうが豊富です。
傾向として、尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』(1832)は、呼び名のつけ方が特殊であることが知られます。ただし「黒坊」は蓼我の事例と重なる点が確認出来るため、この点(石燕と黒坊)に関する追加部分に限り、前後関係の距離が最も近いかたまり同士なのかも知れません。
協力・ぷらんと、宮城妖怪事典、東龍斎小虚
| 方郁 | 歴博 | 蓼我 | 郷澄 | 季親 | 洞谷 | 歌麿 | 蕪雪 | 古法眼 |
| みの毛たつ | 身毛ヨダツ | じゅうじゅう坊 | 身の毛立 | 身の毛たつ | 身の毛だち | |||
| どうもこうも | 右も左も | 右モ左モ | どうもこうも | どうもこうも | ○ | どうもこうも | ||
| はじかき | ハヂカキ | ハヂカキ | (無記名) | はぢっかき | ○ | |||
| ちからここ | 大化 | 大化 | (無記名) | ○ | ||||
| うましか | 馬鹿 (バカ) | 馬鹿 (うましか) | 馬鹿 | 馬鹿 | ○ | |||
| 大地打 | 大地打 | 大地打 | 金槌坊 | |||||
| らちもない | (無記名) | ラチモナイ | 二本足 | らちもない | ||||
| かすくらい | 粕喰 | 黄粉坊 | かすくらい | ○ | ||||
| 下口 | 下口 | 青女房 | 濡れ女 | したくち | ○ | |||
| うわ口 | 上口 | いが坊 | ○ | |||||
| りふんばり | 利運張 | 五体面 | ○ | ○ | りうんばう | |||
| しろうかり | 白ウネリ | 白うかり | ○ | |||||
| にが笑い | ニガ笑 | にがわらい | ||||||
| あかんべい | アカンベイ | べか太郎 | ||||||
| (―) | 不気合 | 撫坐頭 | ||||||
| いそがし | 忙 | いそがし | ○ | ○ | ||||
| 親にらみ | 後眼 | 親白眼 | ○ | |||||
| あかはだか | 胴面 | |||||||
| べっかこう | ぶかっこう | ○ | べっかこう | |||||
| ひょんな | 大ふき | |||||||
| ももんが | ||||||||
| 山男 | 山男 | 山姥 | 山姥 | 山姥 | ||||
| 精霊 | 精霊 | 山親父 | 夢の精霊 | |||||
| 霊魄 | 霊魄 | 幽霊 | ||||||
| 黒煙 | 黒雲 (クロケムリ) | あすこここ | ○ | |||||
| さか髪 | 逆髪 | 逆髪 | さか髪 | ○ | さかがみ | |||
| 幽霊 | 亡魂 | ゆうれい | ○ | |||||
| 蒙悶祖父 | 蒙悶祖父 | |||||||
| 土蜘 | 土蜘 | |||||||
| 黒坊 | 黒坊 | ○ | ぬりぼとけ | |||||
| 濡坊主 | 一目坊 | ○ | ○ | |||||
| 山あらし | のぶすま | |||||||
| 濡女 | さら蛇 | |||||||
| やまびこ | 山彦 | 幽谷響 | 幽谷響 | ○ | 山彦 | |||
| ひょうすべ | ヘウスベ /箆頭子 | ヒョウスベ | ひょうすべり | ○ | ひょうすべ | |||
| セウキラ /生鬼羅 | ヤウキラ /生鬼羅 | 白子ぞう | しょうけら | |||||
| ぬへっほう | ヌッヘッホウ | ぬっぺらぽう | ぬっぺらぼう | |||||
| かみきり | 髪切 | 天狗裸子 | 髪切 | ○ | ||||
| ぬらりひょん | ヒョンヌラリ | ぬらりひょん | ○ | ぬらりひょん | ||||
| 牛鬼 | (無記名) | 土蜘蛛 | 牛鬼 | ○ | 牛鬼 | |||
| ガゴゼ | ガゴゼ | 赤入道 | がごぜ | ○ | 元興寺 | |||
| ヲトロシ | 毛一杯 | おとろん | ||||||
| 一目坊 /一ッマナコ | 横目五郎 | 目一ッ坊 | ||||||
| 元興寺 | うわん | ○ | うわん | |||||
| うわんうわん | おどろし | あふあふ | ||||||
| 野狐 | きつね | 野きつね | ||||||
| わいら | ○ | わいら | ||||||
| 赤舌 | 赤口 | |||||||
| 山童 | 山童▲ | 山童 | 山童 | ○ | 山わらわ | |||
| 川童 | 河童▲ | 川太郎 | ○ | かっぱ | ||||
| ろくろ首 | 飛頭蛮▲ | ろくろくび | ○ | ぬけくび | ○ | ぬけ首 | ||
| 火車 | 火車▲ | 火車 | ○ | 火車 | ||||
| 雪女▲ | 雪女 | 雪女 | 雪女 | |||||
| 犬神▲ | 犬がみ | 犬神 | 犬がみ | 犬がみ | ||||
| 猫マタ▲ | 猫また | 猫また | 猫また | |||||
| ブラリ火▲ | ふらり火 | ぶらり火 | ○ | ふらり火 | ||||
| 姑獲鳥▲ | 姑獲鳥 | ○ | ||||||
| 手ノ目▲ | 手目坊主▲ | |||||||
| 窮奇▲ | 窮奇▲ | |||||||
| 海座頭▲ | 海坐頭▲ | |||||||
| 狸▲ | 狸の腹鼓▲ | |||||||
| 白児▲ | ||||||||
| 天狗▲ | ||||||||
| 高女▲ | ||||||||
| 獺▲ | ||||||||
| 鼬アソ火▲ | ||||||||
| 鉄鼠▲ | ||||||||
| 野寺坊▲ | ||||||||
| 絡新婦▲ | ||||||||
| 釣瓶火▲ | ||||||||
| 叢原火▲ | ||||||||
| 姥ガ火▲ | ||||||||
| 厄視S | ||||||||
| チミ | ||||||||
| 牛頭 | ||||||||
| モウリョウ | ○ | |||||||
| 山姥 | ||||||||
| 牛鬼▲ | ||||||||
| 赤舌 | ||||||||
| 赤がしら | ||||||||
| 覗坊 | ||||||||
| かくれざとう | ||||||||
| 陰法師 |
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『嬉遊笑覧』(1830)で古法眼(狩野元信)の「化物絵」とされるセットには「赤口、ぬらりひょん、牛鬼、山彦、おとろん、わいら、うわん、目一ッ坊、ぬけ首、ぬっぺらぼう、ぬりぼとけ、ぬれ女、ひゃうすべ、しゃうけら、ふらり火、りうんばう、さかがみ、身の毛だち、あふあふ、どうもかうも、猫また、野きつね、雪女、かっぱ、山わらは、犬がみ、山姥、火車、みこし入道」が挙げられます。狩野+の系統にはこのほとんどが大体入っており、逆に狩野家のスタンダードなデザインなはずの「見越し入道」がこの系統では欠けていることもわかります。
また、古くからの作例のある「髪切」「うぶめ」「犬神」や、狩野+の例で頻度の高い「はじかき」「らちもない」などが入っていてもふしぎではないのに「化物絵」の側に挙げられてないことなどと考え合わせると、この『嬉遊笑覧』(1830)のセット自体も、ある絵巻物に載っていた構成をそのまま羅列した1例にしか過ぎないことも類推出来ます。
それは実物として作品も残されている佐脇嵩之『百怪図巻』(1737)の場合も「海坊主」などがいない点から、同様です。
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補足
●下口・濡れ女――「ぬれ女」として描く作例は『化物草子』(個人所蔵『日本の美 笑い』掲載)に存在。
●あかはだか――「あかはだか」として描く例は『化物草子』(個人所蔵『日本の美 笑い』掲載)に存在。
●牛鬼――「鬼蜘蛛」と描く作例が『化物草子』(個人所蔵『日本の美 笑い』掲載)には存在する。
●濡女・さら蛇――普通の狩野家の濡女とは別デザイン。尾が円を描く。同デザインは「そうじゃ」という呼び方が古いようで、『化物草子』(個人所蔵『日本の美 笑い』掲載)では「そふじゃ」とあり、蛇体が白い。寛明による絵巻物(東龍斎小虚・所蔵)では「さうしゃ」とあり、蛇体が緑色。
●赤がしら――「あかがしら」の作例(寛明(肉筆妖怪画)1755/東龍斎小虚・所蔵)あり。王摩系統では「怪有」の名も。
●山あらし・のぶすま――王摩系統では同デザインが「茂門果」(ももんが)として描かれる。
●無不相・撫坐頭――王摩系統では同デザインが「無眼」(むがん)として描かれる。
●濡坊主――王摩系統にあたる三康図書館の例にも同じ呼び名での作例がある。
●姥ガ火――姥が火は王摩系統で目玉の飛び出た別デザインで描かれることが多い。
●ももんが――ひとをおどかす仕草。王摩系統の「わぁ」などに近い傾向のデザインが見られる。
●どうもこうも――歴博・蓼我は左右の顔を別の色で彩色する手法が重なる。
●精霊――いずれも傍訓には「しょうりょう」のよみかたを用いている。遊梢『百鬼絵巻』(1764)にも「夢の精霊」の作例あり。
●さか髪――2世歌麿のものは生首で体がない。
●赤舌――郷澄の赤舌は目が天に向かって飛び出た別デザイン。同じ作例()も存在する。
●土蜘――歴博は鉄棒を持った僧形、蓼我は巣をつくる蜘形でデザインが異なる。
●犬神――蓼我以外の例はすべて普通の狩野家の僧侶形。
●火車――蓼我以外の例はすべて普通の狩野家の車を挽く形。
●猫また――蓼我以外の例はすべて普通の狩野家の三味線を弾く形。
●牛鬼――石燕の牛型デザインを描いてるのは現時点では郷澄のみ。
●ヌッヘッホウ――蓼我のデザインは百鬼夜行絵巻で田楽を眺めてる妖怪のデザイン。
●山姥――「山男」として描いてるため別デザイン(大きな半身、肩に葉衣。糸を績む動作)
●厄視S――百鬼夜行絵巻の幣を持った赤い鬼のデザイン。
●チミ――百鬼夜行絵巻の赤い妖怪ちかく三ッ目な妖怪デザイン。
●牛頭――百鬼夜行絵巻の赤い妖怪ちかく角ありな妖怪のデザイン。
●モウリョウ――百鬼夜行絵巻のとげとげの妖怪のデザイン。