姥が火・媼火
「うばがび」は、呼び名のほかに「河内国にありといふ」という填詞[かきいれ]が絵に添えられています。
まえへ|つぎへ火のなかに老婆の頭があるかたちで石燕は「うばがび」を描いています。長い髪の毛の線と炎の線とが混じり合うようなデザインになっており、画面の右上から左下に向かって飛んでいます。
背景には風に強くしなっている竹[たけ]たちと、光悦寺垣のような竹垣が大道具として設置されており、風の吹いている様子を示しています。
「うばがび」は、「河内国にあり」と石燕が述べているように、伝承されている内容がハッキリとしている怪火で、よく知られる存在でもありました。
『河内国名所鑑』(1679)の「姥が火」(巻5)には、枚岡明神(平岡明神)のお灯明の油を夜な夜なぬすみとって、転売していた老婆がおり、冥罰をこうむって火に包まれて苦しみながら飛んでいるのだといったことが記されています。
(2026.06.30)――
『和漢三才図会』(巻58・火類)の「おにび」(燐)の項の解説のなかにも、「河州平岡 媼火[うばがび]」とあって「うばがび」の存在が各地の有名な火の妖怪として挙げられています。
また、 菊岡沾涼『諸国里人談』(1743)にも「姥火」(巻3)の項があり、おなじようにお灯明の油をぬすんだ結果、火になってしまったという履歴が紹介されたあと、火が飛んで来たので「うばがび」だと思ったていたら、どうも鳥のようなもの(鶏か五位鷺)らしかった――というはなしがつけられています。
浄瑠璃にも、この「うばがび」を素材として加えた『河内国姥火』(1713)があり、『平家物語』の「油坊主」の展開を採り込みつつ、若君さまの出世を願うために捧げられていたお灯明とも知らずに油を盗んでいて斬られてしまった乳母[うば]の亡霊が、「うばがび」となって若君たちを助けるために出て来るおはなしに脚色されています。
いっぽう、『百物語評判』(1686)の「丹波の姥が火」(巻4)では河内国ではなく丹波国の「うばがび」のはなしが紹介されており、コチラは人買いをしていた悪い老婆が洪水でおぼれしんで、川に怪火が飛ぶようになったという別のはなしになっています。
up.2026.06.13
■姥が火…河内国名所鑑
■媼火…和漢三才図会
▼よく知られる…井上円了は『牧笛類叢』(1767)に載っている「うばがび」のはなしを『妖怪百談』に引いているぞ。その文を見ると、青い火を「うばがび」は口から吐いたようぢゃ。◆井上円了『妖怪百談』曰「傘の端に留りける故 如何なる物ぞと恐しながら見るに白髪の婆々[ばば]の面[かほ]眼耳鼻 鮮[あざやか]にして口より青き火を吹出[ふきいだ]すなり」
▼枚岡・平岡…「ひらおか」は「平岡」と平易に字があてられることも多く、版本や写本でもコチラが慣用されていることがあるのぢゃ
▼お灯明の油…◆『河内国名所鑑』(巻5)曰「平岡の明神の灯明の油を盗侍る姥有しに 明神の冥罰にや当りし 彼姥なくなりて後 山のことをとびありく光物いできて 折々人の目をおどろかしけるに 彼火炎の体は死しける姥が首よりして ふきいだせる火のごとく見へ侍る故に かの姥が妄執の火にやとて 則[すなはち]世俗に姥が火とこそつたへけれ」
▼姥火…『諸国里人談』では見出しの「姥火」の字に「うばひ」とよみをあてているのぢゃ
▼鳥のようなもの…「あおさぎび」の例のように、鳥たちがひかる様子が怪火陰火のようになるという考え方は広く存在していたのぢゃ。正体が五位鷺であったとするはなしは「うぶめ」の仲間にも見られるぞ
▼油坊主…平忠盛が祇園社で灯篭に油を入れ坊主を妖怪だと思って斬ろうとするはなし。『平家物語』にあるはなしを題材にしたもので、お芝居や武者絵にも多く用いられているぞ
▼出世を願う…7日のあいだ明神さまに捧げたお灯明が灯りつづけていれば願いが叶うという展開
▼助けるために…◆『河内国姥火』(4段)曰「乳母よ乳母よと呼び給はば 火となって飛翔り 今までと同じ御対面 猶[なほ]行先を守らん」
▼丹波の姥が火…◆『百物語評判』(巻4)曰「洪水の出たるとき 彼[か]の姥 おぼれてあがき死にしけるが 其れより後 今にほうづ河に夜毎に火の丸がせ見え候ふを 姥が火とかや申しならはせり」