姑獲鳥・産女・産婦
「うぶめ」は、呼び名のみが絵に添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、よく知られる「この子を抱っこしてくだされ」とか「この子を負うてくだされ」と語りかけて来るおはなしどおり「うぶめ」を赤ちゃんを抱いた女のひとのすがたをした妖怪として描いています。「うぶめ」は腰巻のみをつけており、かなしそうな顔で腰をかがめています。足は描かれていません。
背景の左上には、卒塔婆[そとば]と、お産で亡くなってしまったひとを弔うために設置される流灌頂[ながれかんじょう]が見られます。小川の近くに4本の竹を立ててお経を墨で書いた布が張ったもので、近くを通りがかった人々がこの布に水を掛けてあげることで、霊が浮かばれるのだと言い伝えられています。
雨が降りしきっている空の色はねずみ色をぼかして夜の空気を彩っています。しかし、後摺りになると手間を省略していたようで、ぼかしなどが用いられずにそのまますべて地つぶしでねずみ色をべったりと摺るだけになっているようです。
狩野家の絵巻物でも「うぶめ」は基本セットのなかに組み込まれていて、描かれることの多い妖怪です。
『今昔物語集』(巻27)で、源頼光四天王のひとり卜部季武[うらべのすえたけ]が「産女」[うぶめ]を退治しに行ったという説話が既に知られてもいましたから、狩野家の絵巻物で画題になっていたのはソチラのような内容がメインだったと考えられます。
絵巻物では背景や大道具などは描かれておらず、赤ちゃんを抱いている「うぶめ」だけが描かれることがほとんどですから、流灌頂などを添えてあげた構図は石燕に絵づくりの工夫だと言えます。
石燕が用いている「姑獲鳥」という用字は、当時の字書などにも既にあるものを引いて来た結果で、『書言字考節用集』(巻5・気形門)でも「うぶめどり」に「姑獲鳥」や「乳母鳥」などの字が見られ、『和漢三才図会』(巻44・山禽類)や『百物語評判』(巻2)でも「こかくちょう」は「うぶめどり」である、あるいは「うぶめ」とおなじようなものであると解説されています。
しかし、「うぶめ」と「姑獲鳥」[こかくちょう]は、お産で亡くなってしまったひとがなる――という部分が似ているダケで厳密に言えば性質などはほとんど異なります。これは「かまいたち」での「窮奇」との関係などとおなじものです。
「うぶめ」が鳥に近づけられているはなし自体も古い百物語集の段階からつくられていて、『諸国百物語』(1677)の「[つる]の林のうぐめのばけ物の事」(巻5)では、夜な夜な赤ちゃんのような声がするのであやしんで退治にいったところ、正体が五位鷺[ごいさぎ]だったという例が見られます。
▼姑獲鳥
「うぶめ」と、見ひらきでいっしょに描かれている「やなり」とは「よく知られている妖怪」ぐらいの対として並べられているぐらいしか深い共通点はうかがえません。両方を絵巻物から採っているとすれば、絵巻物にも描かれている有名な妖怪という組み合わせにもなります。
山岡元隣『百物語評判』(1686)の「うぶめの事」(巻2)も挿絵つきで「うぶめ」を載せていますが、その絵では杖をついている古風な幽霊のかたちでデザインされています。同書は「うぶめ」をほぼひらがなのまま文中に記載していますが、巻頭の目録では「うぶめ」の字に「産婦」をあてています。
up.2026.06.14
■姑獲鳥…和漢三才図会、百物語評判
■産女…今昔物語集
■産婦…和漢三才図会、百物語評判
▼流灌頂…これとは別に水死者などに対して行う卒塔婆を6本立てて小川に足を入れた旛[はた]をたてて、水の流れを通じて功徳を流して亡者を弔うほうの流灌頂もあるぞ
▼お経…『台門行要抄』には、四尺四方の白布に「迷故三界城」「悟故十方空」「本来無東西」「何処有東西」の4句と卍を書くとあるぞ。また『流水灌頂作法法則』には「我今奉持一福水」「三世四恩諸有情」「消除熱悩得快楽」「同一性故証菩提」と書くともあるぞ
▼浮かばれる…水をかけてもらえた分だけ、血盆池(血の池地獄)の苦しみから逃れることが出来るなどと語られているのぢゃ
▼ねずみ色…この色板のぼかしの「後摺り」での省略は、版木がおなじことになる「うみざとう」でも同様ぢゃ
▼今昔物語集…この時点で既に、そういうものに化けて「きつね」などがいたずらをしている、お産で亡くなった人間の霊がこのような妖怪になる――など複数の説明がつけられているのぢゃ。◆『今昔物語集』(巻27)曰「此[この]産女と云は 狐の人謀[たばか]らむとて為[す]ると云ふ人も有り 亦女の子産[こうま]むとて死[しに]たるが霊[りゃう]に成たると云ふ人も有りとなむ語り伝へたるとや」
▼うぶめどり…『和漢三才図会』(巻44・山禽類)では「うぶめどり」に対して「姑獲鳥」と「産婦鳥」ふたつの用字があるのぢゃ。また異名のなかには「乳母鳥」というものもあるぞ
▼鳥のようなもの…「あおさぎび」の例のように、鳥たちがひかる様子が怪火陰火のようになるという考え方は広く存在していたのぢゃ。正体が五位鷺であったとするはなしは「うばがび」の仲間にも見られるぞ
▼ひらがな…◆『古今百物語評判』(巻2)曰「世に語り伝ふる うぶめと申す物こそ心得候はね 其[その]物がたりに云へるは 産[さん]のうへにて身まかりたりし女 其[その]執心[しうしん]此ものとなれり」