死霊
「しりょう」は、呼び名のみが絵に添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、なかで人間の眠っている蚊帳[かや]をしずかにあけて、なかの様子をうかがいつつある、うすぼんやりとした女のひとのすがたで「しりょう」を描いています。霊であることを示すために、髪の毛や着物の線は、ねずみ色の色板で摺られており、印刷表現にも工夫が加えられています。
画面の右端には、錫杖[しゃくじょう]や数珠・御幣などの法具がみられ、この「しりょう」を追い祓うか何かしかけていた存在が、近くにいた――という雰囲気を描写しています。
「しりょう」は、この世をさまよっている「たましい」が想いの募る人間のいるところに出現したり、ねたみやうらみのある人間に危害を加えたりするものを指します。
「ゆうれい」との違厳密な違いは結局ありませんが、むかしの修験者、博士や巫女は、ふしぎな出来事や病気などに対して、それを引き起こしているのが「神仏」あるいは「死霊・生霊」や「野干」[やかん]つまり狐狸などの動物たちのうちのドレが原因であるかということをハッキリと判別して、どんな対処をするのかを進めていましたから、「しりょう」と「いきりょう」は、ことばとして常に一対になって存在しているものではありました。
『平家物語』(巻3)には、「おんもののけ」[御物怪]や「おんりょう」[怨霊]としていろいろな霊の種類が挙げられていて、御霊・御憶念・死霊・悪霊・生霊などが列挙されますが、ここでの死霊[しりょう]の例には平氏を追い払おうと画策した大納言成親[なりちか]卿の霊の名前が出て来ます。
石燕の「絵」を見るカンジでは、女のひとが描かれていますから、ドチラかと言えば執心ある人間のいるところに出現して何かして来るほうの「しりょう」を描いているのだろうということはわかります。
具体的に、石燕が何かの演目から蚊帳のぞきをする「しりょう」を描いているのかはハッキリしませんが、蚊帳を舞台上で効果的に利用する演出は、浄瑠璃でも歌舞伎でも17世紀の段階から広く濡れ場にも殺し場にも用いられていました。
up.2026.06.19
■死霊…平家物語、(能)葵上
▼蚊帳…蚊[か]に喰われるのを防ぐために寝所などに吊る、麻などの布でつくった大きな四角い幕。夏には欠かせない調度品ぢゃ
▼ねずみ色…この処理は、後摺りでは省かれることが多いようで、髪のほうがねずみ色になっていない印刷なども確認出来るぞ
▼博士…陰陽師などのことぢゃ
▼神仏…◆近松門左衛門『大塔宮曦鎧』曰「生霊か死霊か仏神の祟[たたり]か」
▼生霊・死霊…◆能『葵上』曰「ここに照日の神子[みこ]とて隠れなき梓の上手の候を召して 生霊死霊の間を梓にかけさせ申せとの御事にて候」◆『水木辰之助銭振舞』曰「生霊か死霊かを尋ねる程に」
▼平家物語…この箇所はたたりの原因についてをうかがったりしている文章なのぢゃ。ここでも「生霊」と「死霊」は対のことばとして用いられているぞ。◆『平家物語』(巻3)曰「生霊をも死霊をも宥[なだ]めらるべし」
▼成親卿…藤原成親。◆『平家物語』(巻3)曰「新大納言成親卿の死霊」