幽霊
「ゆうれい」は、呼び名のみが絵に添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、真っ白い経帷子[きょうかたびら]とおなじく白くて三角形な額烏帽子[ひたいえぼし]をつけた「ゆうれい」として描いています。近くには石灯篭と柳[やなぎ]の木が立っており、使い古しのものなのか、お墓に立てる卒塔婆[そとば]を組んでつくったような垣根も見られます。
ねずみ色の版は、木の葉っぱや空に浮かんでいる月に対して用いられており、「しりょう」のときとは異なり「ゆうれい」自体の描線には用いられていません。
狩野家の絵巻物でも「ゆうれい」は基本セットのなかに組み込まれていて、描かれることの多い妖怪です。
絵巻物では、大きめのサイズで描かれており全身ではなく上半身のみが描かれてることがほとんどで、口から火を出しているすがたで描かれることもあります、また、経帷子をうすく胡粉[ごふん]で仕上げて、身体が透けて見える効果を出すことも、本格な作品製作ではしばしばおこなわれています。
絵巻物の「ゆうれい」と石燕の「ゆうれい」の大きな特徴の違いは、頭につけている三角形の「額烏帽子」の有無で、初期から狩野系統で描かれて来たと見られる「ゆうれい」は、長い髪の毛を振り乱しているのみで、額烏帽子が描かれることはなかったようです。
なので、石燕の絵の場合、絵巻物の「ゆうれい」のデザインに近いのは、むしろ「しりょう」のほうになってしまうとも言えます。
伊勢貞丈の門人で、「額烏帽子」のことも採り上げて考証している斎藤彦麿『傍廂』(後篇)の文に「幽霊の絵を描くに額烏帽子に旁仮名[かたかな]のシ文字をかくもをかし」――とあるように「ゆうれい」たちの頭につけている額烏帽子には、「シ」という字や「卍」などが書かれることも多く、実際に版本や錦絵には無地のものと共に、「シ」や「卍」の字の入った額烏帽子が描かれる機会も多数見ることが出来ます。
これは、実際に亡くなったひとにつける白い額烏帽子に、そういう文字が書き込まれることがあったことを反映しているもので、だいたい「ゆうれい」の「絵」に描かれることの多かった結果、17〜18世紀の段階で既に一般的に「ゆうれいの絵によく描かれている三角のアレ」という認識が発生していたことが広くわかります。
ただし「ゆうれい」とくくった場合、全体総数で見ると、恨みのある相手に危害を加えに出現する人間たちより、単に普通に亡くなった人間たち全般をあつかっていることのほうが多く、お盆にこの世にやって来る「しょうりょう」(精霊)つまり「ご先祖さま」のような存在たちの「絵」も、ここでの「ゆうれい」には多く含まれて来ます。
『伽婢子』(1666)の「幽霊逢夫語」(巻4)にも、かたちとしては石燕とほぼおなじ、経帷子に額烏帽子というデザインの「ゆうれい」の登場する挿絵があります。ここでのはなしも、先に亡くなった妻の「ゆうれい」が現世で悲しんでいる夫のところにやって来て、冥途[めいど]と娑婆[しゃば]の生活の違いなどについてもおしゃべりするといった、危害を加えない一般的な方向性のほうの「ゆうれい」です。
up.2026.06.20
■幽霊…伽婢子、百物語評判
▼経帷子…死者に着せてあげる真っ白い着物
▼額烏帽子…あたまにつける三角形の布や紙でつくったかぶりもの。紙冠[かみかぶり・かみこうぶり]とも。
▼石灯篭…日・月の穴や仏像のかたちが彫られているほか、「卍」などもつけられており、寺院や墓所らしさの多くでている灯篭ぢゃ
▼ねずみ色…この色板の処理は、おなじ色板を使用することになる「しりょう」とおなじく後摺りだと省かれていることがあり、月の部分が墨で摺られている例も確認出来るぞ
▼胡粉…白い絵の具。裸形の身体を先に描いておいて、その上に胡粉のみでうすく着物を描くことで、半透明に見えるような効果を出しているのぢゃ。濃彩でキチンと完成させている絵巻物に顕著にみられる例で、かたちのみを写した簡単な摸本だと見られぬぞ
▼冥途と娑婆…あの世とこの世