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いきりょう

鳥山石燕百石乳|画図百鬼夜行

いきりょう

生霊

「いきりょう」は、呼び名のみが絵に添えられています。

まえへつぎへ

■巻紙をよみつつ怒っているぞ

石燕は、長い巻紙の手紙のようなものを両手でひらきながら、眉を寄せて怒っているような表情の女のひとのすがたで「いきりょう」を描いています。霊であることを示すためなのか、足元はぼんやりと消えた描き方で描いています。

近くには暗いなかで手紙を照らしてよむための角行灯が描かれており、出現して来たのが夜であることがわかります。室内には衝立障子、茶釜、本、枕、刀などがあり、ドチラかといえば男のいる・男の来ている部屋、つまりこの「いきりょう」の「想いびと」のいる部屋であろうことが見るひとにもわかる道具立てにはなっているようです。

■たましいダケが飛び出た生霊

「いきりょう」は、生きている状態の人間から、「たましい」ダケが飛び出して、想いの募る人間のいるところに出現したり、ねたみやうらみのある人間を病気にしてしまったりするものを指します。

古いところでは『源氏物語』の六条御休所[ろくじょうのみやすどころ]が、いつも「いきりょう」のお手本として紹介もされますし、代表として認識もされつづけて来ました。

『平家物語』(巻3)には、「おんもののけ」[御物怪]や「おんりょう」[怨霊]としていろいろな霊の種類が挙げられていて、御霊・御憶念・死霊・悪霊・生霊などが列挙されますが、ここでの「生霊」の例には鬼界ヶ島に流された者たちが出て来ます。
奈良絵本や古浄瑠璃の『むらまつ』(村松物語)は、おきさきさまが懐妊から十三ヶ月を過ぎても産まれる気配がまったく出ない――という展開のなかに、この内容を用いて、流罪にされた人々の「生霊のたたり」がその原因であるというはなしに活用していたりもします。

石燕の「絵」を見るカンジでは、女のひとが描かれていますから、ドチラかと言えば想いの募る人間のいるところに出現するほうの「いきりょう」を描いているのだろうということはわかります。

■お芝居のいろいろな生霊

近松門左衛門の書いたお芝居『けいせい浅間嶽』(1698)には、奥州[おうしゅう]という花魁[おいらん]が、想いびとの小笹巴之丞[おざさともえのじょう]のもとに「いきりょう」のすがたになって登場する有名な場面がありますが、そこに重要な小道具として出て来るのは起請文[きしょうもん]です。巴之丞が火鉢でソレを焼いてしまうと、その煙のなかに「いきりょう」として奥州が出て来る演出がよく知られていました。

「いきりょう」ということばは、版本やお芝居でもしばしば登場しており、「やなり」などとおなじく、そのような流れを受けて、石燕も構成のなかにこれを加えていることが知れます。

▼生霊
「いきりょう」は、見ひらきでいっしょに描かれている「しりょう」とことばとしても一対の存在であり、また中巻の最後に描かれている「ゆうれい」ともキチンと繋がる関係の構成になっています。

熊沢蕃山(1619- 1691)による『源氏物語』の注釈書『源氏外伝』(春巻・夕顔)には「生霊死霊と云物 億兆の中に一人有かなきか也 昔の人は 魂神強く魄精あつく 万事の勉め通りて根深かりし也」などと書いていて、むかしのひとはよく死霊生霊にはなったものだけど、いまの人間は魂魄もうすくなったから、現実に「霊」になって出て来るというようなこともほとんど起こらなくなった――という語り口で解説をつけていたりもします。


up.2026.06.19

■生霊…平家物語、(能)葵上




▼本…折帖のものと冊子のものとがあるが特にどんな内容のものなのかはうかがい知れないぞ
▼枕…「まくらがえし」の絵に見られるような、括り枕[くくりまくら]とは異なる、箱型のものぢゃ
▼源氏物語…『源氏物語』(葵)曰「かく参り来むとも更に思はぬを 物思ふ人のたましひは げにあくがるる物になむありける」◆能『葵上』曰「ここに照日の神子[みこ]とて隠れなき梓の上手の候を召して 生霊死霊の間を梓にかけさせ申せとの御事にて候」
▼鬼界ヶ島…俊寛僧都が最後までゆるされずに島に残されてしまったことは有名ぢゃ。◆『平家物語』(巻3)曰「鬼界が島の流人[るにん]どもの生霊」
▼生霊のたたり…生霊のモトになっているのが、隠岐に流罪にされている兼家(物語の主人公)たちだという祈祷の結果から、みかどは罪をゆるして、都に帰って来ることが出来るのぢゃ
▼けいせい浅間嶽…生霊がかかわって登場する傾城ものはその後も、近松門左衛門は『けいせい仏の原』(1699)なども創っており、そちらでは竹姫というおひめさまが恋敵である花魁に対して「いきりょう」として取り憑いたりするのぢゃ
▼起請文…男女の仲を神仏に誓う文書。◆『けいせい浅間嶽』曰「(巴之)さては起請の一念であったか」