もどる

まくらがえし

鳥山石燕百石乳|画図百鬼夜行

まくらがえし

反枕

「まくらがえし」は、呼び名のみが絵に添えられています。

まえへつぎへ

■ころっころと取りはずせ

石燕は、枕[まくら]から引っくり返された睡眠中の人間と共に「まくらがえし」を描いています。目の三つある鬼神のようなすがたで描かれているその描線は、ねずみ色の版に白抜きで描かれており、ぼんやりとした「かたちのないもの」として表現されているようです。

「まくらがえし」は腰布と脚絆[きゃはん]を身につけており、上半身は肩に領巾をかけているのみで、手の指爪は3本です。鬼形にも近いですが、頭には角などの描写はないようです。

舞台設定は寝室で、画面の右手なは大きく襖[ふすま]を配置して室内であることを簡単に示しています。左側には米樹[べいじゅ]法で描かれた松[まつ]の絵のある腰屏風[こしびょうぶ]と、まるい行灯があり、時間帯が人間のすやすやと眠りについている夜であることを示しています。

蒲団で眠っている人間の枕元には、刀が置いてあり、武家であると見られます。ただし、「まくらがえし」は葬儀を連想させるすることばでもありますから、近くに刀が置いてあるのは「縁起の悪いもの」を重ねている装置でもあります。また、風呂敷づつみが置いてあることと合わせると、これはこの人間にとっては「外出先」なのかも知れません。

■まくらの位置をかえされる

眠っているときに、枕とは反対の方向に頭を向けられてしまうことを「まくらがえし」と言います。

神仏に対して足を向けて眠っていると発生するふしぎとして、しばしば寺社で語られています。

また、北枕[きたまくら]は縁起がよくないとしばしば言われますが、反対向きにされたり、引っくり返されたりすれば、その人間の眠っている頭の向きは「北」になってしまうことが多いわけで、そのようないたずらをする妖怪として描かれているようです。

これも「やなり」や「さかばしら」のようにことばとしては日常的にも多用されていますが、独自に画像要素がつけられることはほとんどなく、石燕はあえてそこをキチンと画像妖怪としてデザインして「絵」にしているようです。

■漢語な書き順

「まくらがえし」ということばを「枕返」ではなく漢文調に「反枕」(はん・ちん)と書いているのは「やなり」を「鳴屋」(めい・おく)と書いていたのと同一動機な書法だと見られます。

『尾張名所図会』(巻2)や『張州府志』(巻3)で、豊臣秀吉と縁のある尾張国の「まくらがえしじぞう」の漢字表記は「反枕地蔵」となっているなど、「反枕」という用例はいくつか確認できます。

また、死んだひとに対しておこなうほうの「まくらがえし」を「返枕」とする書き方も、『葬送作法』などにも見られますから、漢文を主とした文章には多々あった書法であることもわかります。

▼反枕
「まくらがえし」と、見ひらきでいっしょに描かれている「ゆきおんな」は、よく知られているもの同士という繋がりなのか、陰のもの同士な関係であるのか、あんまり一対としての関係はハッキリはしません。

身近なことばではあるものの、あまり単独で絵にされて来ていないものを絵にしているという点では、むしろひとつ前の「さかばしら」と関係は深いものだと言えます。そうとらえると「さかばしら/まくらがえし」は、「逆さまにされているもの/逆さまにしてしまうもの」という対でもあります。


up.2026.06.18

■反枕




▼人間…事象とかかわりを持った「生身」の人間が画中に描き込まれることは『画図百鬼夜行』の「絵」のなかでは、この1枚ダケが確認されているのぢゃ。すでに「往生」している人間ならば「かしゃ」での亡者や、「くろづか」での肉になった旅人などがあるぞ
▼ねずみ色の版…ほかの妖怪とは異なる特殊な描き方なので、摺りが悪いとかたちが不鮮明になりやすいのぢゃ。これは後年の凸版や写真による図版でもそうで、綺麗に「まくらがえし」が紹介されて来た例は、あまり多くないぞ
▼脚絆…よこじま模様の脚絆で、「やなり」でもおなじものを装備している個体(割竹で戸を叩いているやつ)が見られるぞ
▼領巾…肩にふわふわと掛けている細長い布。天衣[てんね]とも
▼腰屏風…背の低い屏風
▼神仏に対して…淡路国の観音寺にある「枕返しの不動尊」のはなしなどは、これをハッキリ示しているのぢゃ。◆『淡路国名所図会』(巻4)曰「遠慮なくして尊像の方へ足をむけて臥し居たり しかるに深更に及び目覚めて見れば いつしか尊容の方へ頭をむけて臥し居たり」
▼北枕…死んだひとを寝かせるときの頭の向きであることから、縁起が良くないとされていたぞ
▼頭の向き…多くは南枕や東枕だったのぢゃ。これは『徒然草』133段でも「東を枕として陽気を受くべき」とか「南枕常のことなり」とかの語句が見られるぞ
▼返枕…葬儀のときのものは、死んだ者の姿勢を頭北面西に直すことぢゃ。◆『葬送作法』曰「返枕 自本頭北面西不不及返之 或枕返沐浴後作之 或入棺時作之」◆『国訳作法集』曰「返枕 本より頭北面西ならば之を返すに及ばず 或は枕返を沐浴の後に之を作し 或は入棺の時之を作す」