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さかばしら

鳥山石燕百石乳|画図百鬼夜行

さかばしら

逆柱

「さかばしら」は、呼び名のみが絵に添えられています。

まえへつぎへ

■立派な家にあやしい柱

石燕は、立派な床柱[とこばしら]の木目のなかに妙なかたちが混ざっているというかたちで「さかばしら」を描いています。木目のかたちに阿鼻[あび]地獄に向かって「永沈」[ようちん]させられている亡者めいたかたちが浮き出ており、そのうちのいちばんしたのものは、しゅーッと柱から飛び出して来てもいます。

床柱のうしろには編んでつくられた花篭[はなかご]があり、菊[きく]などがたくさん生けられています。

永沈する亡者めいたかたちのものは全部で5体描かれていて、そのうちの1体が柱の外に飛び出ています。

■逆柱を逆柱として絵に描くことは

やなり」とおなじように、はなしのなかで「さかばしら」あるいは同義の「さかきばしら」といった「ことば」は多用されてはいるものの、独自に画像要素がつけられて「絵」や「デザイン」として表現されることはほとんどなく、石燕が描いているような描写が用いられることはほとんどありません。

さかさまに落下する――という「永沈」の画像要素を採って来て、石燕は「さかばしら」と組み合わせたデザインをしたものだと考えられます。

「さかばしら」なのかどうなのか解釈が安定していないふしぎな挿絵としては、井原西鶴『西鶴織留』(1694)の「家主殿の鼻はしら」(巻4)が知られています。1面は、箒や燭台が逆さまになって浮かんでいる屋内の様子、もう1面には天地が逆さまになった画面のなかに井戸と女のひとが描かれていて、その髪の毛と手桶の水ダケが現実の重力に従っているように画面下の方向に垂れたり、こぼれたりしているというすべての法則がメチャクチャになっている絵です。

「家主殿の鼻はしら」のはなしの文章のほうには、何度もいろいろな原因から引っ越しをつづける場面が出て来るのですが、そのうちの1件が「さかばしら」の家で、毎晩「虹梁」[こうりょう]が崩れるような音を響かせて来るので、すぐに引っ越した――というはなしが出て来るわけですが、「やなり」な音がひどかった描写しか文面にはないわけで、この2面の挿絵と重なる内容は、他の問題のあった家も含めて、文章には何も出て来ません。

この『西鶴織留』の挿絵も「さかばしら」の絵としてドレだけ話題になったのかは未知数なので、ヤハリ「さかばしら」の絵が、そんなに描かれていなかったということは一般的に言えることなのでしょう。

■逆柱・逆木柱

「さかばしら」は「さかきばしら」と書かれることも多く、建築の伝書や家相の版本でも「逆木柱」の文字などがよく見られます。

木の本[もと]末[すえ]を生えている状態とは逆さまにして「柱」に使ってしまうと不吉を呼ぶので良くない、病気になるなどの説は大陸から伝わった情報で、『居家必用事類全集』に「倒木」(さかさまにした木)を「柱」につかうのはよくないという内容が『造宅経』にあるものとして掲載されています。

やなり」が起こるなどの説は、家に起こる不気味な現象として自然に結合していったようで、先述した『西鶴織留』にもあるように17世紀の後半の段階では広く用いられていたと言えます。

『皇都午睡』(2編下)には、「逆木柱」は新築された家にわざわざ発生することはほとんどなく、古家を建て直したときに起こることが多い、本[もと]と末[すえ]のわからないような木には予防として安倍晴明[あべのせいめい]のおまじない(晴明桔梗のかたち)を書いておけばよい――などの情報要素も記載されています。

▼逆柱
「さかばしら」と、見ひらきにいっしょに描かれている「ろくろくび」は、よく知られているもの同士という繋がりなのか、家のなかで起こるもの同士であるのか、あんまり一対としての関係はハッキリはしません。

しかし、どちらも古い時代から版本にも登場していて知られて来ているものではあるので、『画図百鬼夜行』に描かれている妖怪のうちでは伝承要素のクッキリとした部類のものです。

俗に、「満つれば欠くる」(完成のあとは衰亡しか存在しない)という状態を避けるために完璧な建築にはせず、どこかしら未完成な部分を残す――というはなしに「さかばしら」をあえて組み込むことが語られることがありますが、わりと早い段階から、その混用はズレているという指摘は存在して来たようです。
山片三郎『続意匠集成数寄屋建築』(1977)には、「家屋建築には、材木の逆柱は用うべからず。世の中には、その普請が完全で、あまり良すぎると、満つれば欠くの理で、かえって悪いと見做して、わざわざ逆柱を用いる人もあるが、これは誤りで、禍の生じるもとになる。もしも、そのような心配をするのなら、柱か梁の一本を、桧か栂を使うところを杉にでも替えればよい」――という説が「家相書」にある「さかばしら」についての意見だとして説かれています。
この説明は、「古い家相書」の典拠がハッキリしないのですが、わざわざ「凶」とされる「さかばしら」を混ぜるのではなく、「ひとつだけ別の種類の木にする」や「ひとつだけ彫刻を不揃いにする」などの行動で除災とするという考え方は自然なものなので、意識しておきたい這所ではあります。


up.2026.06.17

■逆柱




▼床柱…書院・座敷の「とこのま」(床の間)に設けられるいちばん立派な柱
▼阿鼻地獄…八熱地獄のいちばん深いところ。阿鼻とは梵語で無間のことで、俗にいう「無間地獄」のことぢゃ
▼永沈…阿鼻地獄に堕とされること。阿鼻地獄がとても深いところにあるので、たどりつくまでの落下時間もとてつもなく長い。『浄土双六』などでは大抵、いちばん悪いところの絵として描かれていて、まっさかさまにずーーっと阿鼻地獄までのながいながい奈落を堕ちるだけの亡者たちを描いているぞ
▼ふしぎな挿絵…『西鶴織留』のこの挿絵は、西鶴の研究のなかでアレコレ論議されているもので「さかばしら」を描いたものとも、「さかばしら」を描いたものではないともドチラとも観察されているのぢゃ
▼髪の毛と手桶の水…画面の天地自体が逆になっているので、それを正しく戻したところで、この挿絵の女のひとの髪の毛は空に向かってのびあがっていることになるし、手桶の水は天に向かってわきあがっていることになって、異様な状態の発生している「絵」であること変わりはないのぢゃ
▼さかばしらの家…◆井原西鶴『西鶴織留』(巻4)曰「この家昔から 逆ばしらのわざといひて 夜々虹梁の崩るるごとく寝耳にひびきて魂をうしなひければ 爰[ここ]も又居かねて」
▼虹梁…家屋に使われる、おおきな梁[はり]
▼逆木柱…武井豊治『古建築辞典』(1994)でも「さかぎばしら(逆木柱)」として立項されていて、「単に逆柱とも言う」と記載されているのぢゃ
▼本と末…根っこだったほうが「もと」、先端のほうが「すえ」
▼家相の版本…◆松浦琴鶴『家相秘伝集』曰「人家夜陰に至り何となく鳴響くものあるは建物の中に逆木[さかぎ]の柱を用[もちい]あるが故なりと 即[すなはち]世俗 夜鳴柱[やなりはしら]といふ」◆松浦東鶏『家相図説大全』(下・家鳴柱)曰「鳴動する柱は元[もと]山林に在し時 山鬼[やまのかみ]の主[つかさ]どる樹なりしを過て伐出せしを其家に建合せしなり 然るときは怪しき事多く 建物必[かならず]鳴動するなり」
▼居家必用事類全集…この本は「なりがま」に登場する「斂女」ではないほうの釜鳴の妖怪――「婆女」の情報を紹介している版本のひとつぢゃ。◆『居家必用事類全集』(丁集)曰「更防有 倒木作柱 令人家不吉」
▼造宅経…『周書秘奥営造宅経』と記載されているぞ
▼安倍晴明…◆『皇都午睡』曰「本末の知れがたき木あれば世に安部晴明の判といふ五行☆かく木に書し用る法也 是本末始終なきよしの呪術也と古き工匠の説とかや」
▼晴明桔梗のかたち…五芒星とおなじようなかたち。『皇都午睡』での書きぶりでは、線のはじめとおわりが存在せず永遠に循環のつづくかたちであるところから「さかばしら」避けとしても用いられているということらしいぞ
▼山片三郎「和室の仕来り」(『新住宅』435号、1983)にも同様の文があるがソチラでは「古代の家相書」としているぞ