魃・旱魃
「ひでりがみ」には、漢籍由来の内容に即した填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、1脚1手のかたちの「ひでりがみ」を描いています。ただし、画面での姿勢は真横からの見た目になっており、キチンと意識をしないと脚や手がひとつずつであるということは若干、伝わりづらくなっています。
背景に描かれている岩や山、樹木たちは、意識的に漢画な筆法の典型なものが配置されており、唐風な雰囲気を醸し出しています。その奥にはもくもくと流れる雲と、ぎらぎらにかがやくお日様が描かれています。
石燕は寺島良安『和漢三才図会』(巻40・怪類)にある「ひでりがみ・ひでりのかみ」の内容をそのまま下敷きにしてこの絵を描いており、デザインもほぼ同書の挿絵をリデザインして、背景などを独自に構成しなおしてつくりあげたものだと言えます。
『和漢三才図会』の「魃」の挿絵は、太陽と雲しか添えられていませんから、大幅に背景は構成し直していると言えます。
なので、実質は大陸で出版された本家の『三才図会』にある「魃」[ばつ]の記述を、『和漢三才図会』経由で参照して描いたものでしかなく、呼び名についても旧来から用いられて来た直訳気味な「ひでりがみ」という和訓をわかりやすく添加しているダケに過ぎません。
『書言字考節用集』(巻3・神祇門)では「ひでりのかみ」という呼び方で掲載しており「旱魃」の字があてられており、意味するところはまったく同様のものです。
▼魃
「ひでりがみ」は、見ひらきでいっしょに描かれている「すいこ」とは「漢のもの」同士で対幅になっています。画題も「山」と「水」とで対になる景観になっています。
また、石燕は填詞[かきいれ]に反映させていないものの、『和漢三才図会』の「さんせい」の項の側にも「魃」という呼び方が「山精」にも存在するという点が記載されており、連続性を持っています。
▼一名を旱母[かんぼ]といふ
この箇所は『和漢三才図会』(巻40・怪類)の「魃」の項の最初の異名表記に「旱母」が明記されていることを文章として導入したものです。
▼もろこし 剛山にすめり その状[かたち]人面[ひとのおもて]にして獣身[けもののみ]なり
「もろこし」は唐土・漢土のことで、大陸を示しています。
『三才図会』にある「魃」の内容をモトにしたもので、『和漢三才図会』(巻40・怪類)の「魃」の項にある文章そのものを下敷きにして石燕はつづっています。
▼手一つ足一つにして 走る事 風の如し
おなじく『三才図会』の内容を引いている説明ですが、「走る事 風の如し」という箇所は『和漢三才図会』の「魃」の項にいっしょに並べられている『神異記』の「行走如風」という説明を搗き混ぜています。
▼凡[およそ]此[この]神出る時は旱[ひでり]して雨ふる事なし
『和漢三才図会』に引かれている『三才図会』の説明にある「所居処無雨」、『神異記』の説明にある「見則大旱」のそれぞれの内容をあわせて意訳したものと見られます。前者については、「魃」が出て来たところには「雨が無い」という意味ですが、雨が降らないということは日照りつづきになることでねありますから、だいたいそういうことになるわけです。
up.2026.06.24
■魃…和漢三才図会
■旱魃…書言字考節用集
▼脚や手がひとつずつ…寺島良安は、このような「独脚」属性が李時珍による『本草綱目』のなかで既に山にいる怪類たちに見られる独自特徴としてまとめて考察されている点を、『和漢三才図会』の「魃」の項の後半で改めて紹介しているぞ
▼直訳気味…「疫神」が「えやみのかみ」、「縊鬼」が「くびれおに」と訓読されるのとおなじようなものぢゃ
▼三才図会…◆『和漢三才図会』(巻40・怪類)曰「三才図会云 剛山 多神魃 亦魑魅之類 其状人面獣身 手一足一 所居処無雨」
▼旱母…『本草綱目』に引用されている『神異経』の文章のなかに「一名 旱母」として出て来ているものが典拠となっているのぢゃ
▼神異記…◆『和漢三才図会』(巻40・怪類)曰「本綱載 神異記云 南方有魃(一名 旱母)長二三尺 裸形 目在項上 行走如風 見則大旱」
▼山精…『和漢三才図会』に引かれている『抱朴子』の箇所には「其名曰魃[ばつ] 呼其名則不能犯人」とあって、脚がひとつダケであるという共通点から「さんせい」と「ひでりがみ」はモトモト大陸の情報要素の段階から繋がっているのぢゃ。「魃」という「名前」を呼ぶと悪さが出来ないという性質は「はくたく」が伝授している妖怪たちへの対処法にもみられる太古の時代の大陸のもの。「なりがま」なども参照。