水虎
「すいこ」には、漢籍由来の内容に即した填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、川のかたわらの岩場に腰をかけて坐っている「すいこ」を描いています。身体は鱗に覆われており、腋[わき]のしたには魚の鰭[ひれ]のような部位もあります。また膝[ひざ]には最大の特徴であり「水虎」という呼び名のモトにもなっている虎[とら]の爪のような表皮がキチンと描き込まれています。
「すいこ」の背後には葦[あし]などの水辺に生える草たちが描き添えられていますが、山などがないためか、「ひでりがみ」にくらべると、そこまで唐風の雰囲気は画面には見られません。
腰かけている「すいこ」の絵は、『和漢三才図会』にある「水虎」の挿絵にも見られる姿勢で、モトモトは川の流れのなかにそのまま坐っているかたちで描かれています。石燕はソレをリデザインして構図上での向きも変え、さらに背景を大幅につくりなおすことであらたな「絵づくり」をしています。
膝[ひざ]にある虎の爪のような部位については、『和漢三才図会』の記述をモトにしつつ、同書の挿絵よりもかなりクリアに石燕はリデザインしています。
「水虎」は、『書言字考節用集』(巻5・気形門)では「かわわっぱ」(かはわっは)の字として用いられていることが見られるように、「かっぱ」を正しい文章に書くときの用字(唐名)として字書などでは用いられてもいたわけですが、石燕は「水虎」には「かっぱ」あるいは「かわたろう」の訓は与えていません。
これは既に『画図百鬼夜行』のなかで「かっぱ」を描いてしまっているからだということもありますが、「かまいたち」に「窮奇」、「ろくろくび」に「飛頭蛮」などをあてはめていた石燕の用字傾向から見れば、チョット異例にあたる部類のひとつだとも言えます。
しかし、石燕が実際に参照していたということのよくわかる『和漢三才図会』の「水虎」の項では、和訓として「かっぱ」を位置づけておらず、完全に別項目として「川太郎・川童」を挙げていることを考慮すると、それに沿って「かっぱ・かわたろう」などを結びつけていない――ということもスンナリ可能で、大して異例ではなかったりもします。
▼水虎
「すいこ」は、見ひらきでいっしょに描かれている「ひでりがみ」とは「漢のもの」同士で対幅になっています。画題も「山」と「水」とで対になる景観になっています。
▼かたち小児のごとし
石燕の「すいこ」の填詞[かきいれ]は、以下、鱗甲が「せんざんこう」のようだという点、膝頭[ひざがしら]が「とらのつめ」のようだという点など、すべて『和漢三才図会』(巻40・怪類)にある「水虎」の解説にある『本草綱目』の説明を下敷きにして再構成したダケの文章になっています。
▼つねに沙[いさご]の上に甲を曝[さら]す
ここも、『和漢三才図会』(巻40・怪類)にある『本草綱目』の説明を用いていますが、ソチラの原文には「秋曝沙上」とあります。
「秋」と書かれいいるので、季節が限定されていると思うのですが、石燕が「つねに」とした理由についてはハッキリしません。
up.2026.06.24
■水虎…和漢三才図会、書言字考節用集
▼腋のした…『和漢三才図会』の挿絵の段階から、腋のしたには魚の鰭のようなものは描かれていたようぢゃ
▼向きも変え…『和漢三才図会』の「水虎」の挿絵は左側を向いて坐っているが、石燕は右側を向けて腰かけているぞ。これは見ひらきで対になっている「ひでりがみ」と向き合うかたちにさせるための絵づくりの措置ぢゃ
▼書言字考節用集…「水虎」の字の割注には「時珍云」とあるので典拠としては『本草綱目』が想定されていたことが知れるのぢゃ。つまり『本草綱目』を用いて「水虎」を「かっぱ・かわたろう」たちの正式な漢字表記(唐名)として『書言字考節用集』が用いていた経路は知れるぞ
▼かわたろう…『唐土訓蒙図彙』(巻14・魚介虫)でも「水虎」には「すいこ」のよみと共に「かはたろう」とい和訓が設置されているのぢゃ
▼位置づけておらず…寺島良安は「すいこ」の特徴があまり「かっぱ・かわたろう」たちと共通していない点を指摘しており、その結果として別々の項にしているということを明記してるのぢゃ
▼怪類…『本草綱目』での「水虎」は「渓鬼虫」の項に配列されているため「虫類」に分類されているのですが、寺島良安は『和漢三才図会』のなかで「かわたろう」と共に水に属する怪類として「怪類」の位置に編入する独自の措置を執ったのぢゃ
▼本草綱目…◆『和漢三才図会』(巻40・怪類)曰「如三四歳小児 甲如[陵を魚偏]鯉 射不能入 秋曝沙上 膝頭似虎掌爪 常没水出膝示人 小児弄之便咬人 人生得者摘其鼻可小使之」