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さんせい

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

さんせい

山精

「さんせい」には、漢籍由来の内容に即した填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■脚がひとつの山の鬼

石燕は、踵[かかと]の前後がさかさまになった脚がひとつダケある山にいる妖怪である「さんせい」を描いています。腰には「やまわらわ」たちとおなじく草や木の葉っぱをまとっており、片手には蟹[かに]を持っています。

小さな流れのある山の様子が背景としては描かれており、木立ちと、草葺で土壁の家も大道具として描かれています。「さんせい」はその家のなかをうかがうように壁に右手を突いていますが、屋内に人間のいる・いないは特に描写されていません。

■和漢の妖怪いっぱい出るよ

「さんせい」は、「和のもの/漢のもの」で言えば、「漢のもの」で、大陸の存在が描かれています。『今昔続画図百鬼』以後は、描かれている対象が意識的に「日本」に限られていないという点は、ハッキリと理解しておくべき必要があります。

ただし、参考資料としては、多くを寺島良安『和漢三才図会』や手近な版本に依存している点が目立ちますので、石燕がそこまで緻密に資料を原典博捜しているのかというと、ソレはまた違うと言えます。

実際、石燕の描いている「さんせい」のデザインも、ほぼ『和漢三才図会』に描き込まれた挿絵をリデザインしたものになっています。

▼山精
「さんせい」は、見ひらきでいっしょに描かれている「おに」とは「山に住んでいるもの同士」としての関係があるようです。アチラが「和のもの」であるのに対してコチラは「漢のもの」でもありますから、和漢の対にもなっていることになります。

また、「おに/さんせい」それぞれが食べているものは「猿[さる]/蟹[かに]」ですから、その点に遊びの要素も濃いようです。

▼もろこし 安国[あんこく]県に山鬼[さんき]あり 人の如くして一足なり
「もろこし」は唐土・漢土のことで、大陸を示しています。

『永嘉記』にある「山精」の内容をモトにしたもので、『和漢三才図会』(巻40・怪類)の「山精」の項にある文章そのものを下敷きにして石燕はつづっています。

▼伐木人[そまびと]のもてる塩をぬすみ 石蟹を炙[あぶ]りくらふ
「そまびと」は木こりたちのこと。山で仕事をしているひとたちの持っている「塩」を欲しがってちょろまかすという性質が説かれています。このような属性は、そのまま日本で語られる「やまわらわ」たちをはじめとした山の妖怪たちにも情報要素として流入しています。

「伐木人」という用字に対して「そまびと」という傍訓をつけているのは『和漢三才図会』の「山精」の項にあるものを傍訓ごと持って来ています。

石燕が『和漢三才図会』から「填詞」として抽出しているのはコレだけですが、実際には同書にある『抱朴子』のほうにある「独足向後」(足つまり踵の向きが前後さかさま)という特徴なども、キチンと『和漢三才図会』の挿絵を参照しつつ採っていることは「絵」からもわかりますから、「填詞」はあくまでも「絵」にあとから添えているダケで、情報要素すべてではない、という本書たちに見られる特徴もよく知ることが出来ます。


up.2026.06.23

■山精…和漢三才図会




▼踵の前後…かかとが逆になっているのは山の妖怪の特徴として大陸ではしばしば登場する特徴のひとつだぞ
▼草葺で土壁の家…山小屋なのか、そうではないのかはハッキリしないぞ
▼原典博捜…たとえば「さんせい」の情報要素は『永嘉記』や『抱朴子』にあるわけぢゃが、石燕が参照しているのはそれらが引用された『本草綱目』をさらに引用参照している『和漢三才図会』を通じて、その情報要素を見ているに過ぎないぞ
▼挿絵…『和漢三才図会』の挿絵は、ただ蟹を持って立っているダケの「さんせい」が描かれているぞ。つまり石燕はその基本の画像要素を構図としてあらたに組み替え直して、さらに背景をつくりこんで、新規に「絵づくり」をしてから描いているわけで、これは『画図百鬼夜行』での狩野家の絵巻物をモトにしつつ別の構図や背景をキチンと仕立てている流れとおなじなのぢゃ



▼安国県…◆『和漢三才図会』(巻40・怪類)曰「永嘉記云 安国県 有山鬼 形如人而一脚 僅長一尺許 好盗伐木人塩 炙石蟹食 人不敢犯之 能令人病及焚居也」
▼抱朴子…『和漢三才図会』に引かれている『抱朴子』の箇所には「其名曰魃[ばつ] 呼其名則不能犯人」ともあって、脚がひとつダケであるという共通点が「ひでりがみ」にもつながっているのぢゃ