古戦場火
「こせんじょうのひ」には、燐火について触れた填詞[かきいれ]が添えられています。目録では呼び名の表記は「こせんじょうび」となっており、「の」がつけられていません。
まえへ|つぎへ石燕は、多数の散り飛ぶ火の玉たちを「こせんじょうのひ」として描いています。画面左手には蔦[つた]のからまった松[まつ]の古木と、朽ちた門のようなものが描かれており、画面右下のほうには岩や石が描かれています。
中央には、笠と頭陀袋、笈[おい]ダケが置いてあり、その右下あたりには石と共に、雁股[かりまた]のかたちの鏃[やじり]のようなものが落ちています。
填詞[かきいれ]には具体的な地名や人名についての言及が行われていませんから、この「古戦場」とされる「絵」の場面がどこを想定して描かれているのかについてはハッキリしません。
中央に置かれている笠をはじめとした道具立てから、想定されている舞台は日本であることは絞ることが出来ます。笈[おい]からの連想で言えば、源義経[みなもとのよしつね]や、護良親王を思い描くことも可能なようですが、決め手となる部分には足りないようではあります。
▼古戦場火
「こせんじょうのひ」は、見ひらきでいっしょに描かれている「しらぬい」とは火の妖怪同士として描かれています。「こせんじょうのひ」は「野」や「山」の代表で、水陸でいえば「陸」の側にあたります。
▼一将功なりて万骨かれし枯野には 燐火とて火のもゆる事あり
「一将功なりて万骨枯る」は、いくさに関することわざとしてよくつかわれることばで、モトモトは曹松[そうしょう]による「己亥歳」という漢詩にある「憑君莫話封侯事 一将功成万骨枯」という文句。
燐火については、山岡元隣『百物語評判』(1686)でも「はかのひ」(巻4)のはなしのなかで言及があり、「血よりもえ出づる火なり」とあるのですが、コチラでは血から生じるということのみで、兵乱についてのことは出て来ません。
▼是[これ]は血のこぼれたる跡より もえ出る火なりといへり
血から燐火が起こるとする内容は『和漢三才図会』(巻58・火類)の「おにび」(燐)の項でも、『本草綱目』にある説明を引きつつ「田野燐火 人及牛馬 兵死者血 入土年久所化 皆精霊之極也」――としており、。また「燐火」と同義のものとして「鬼火」の字もあげられています。
「兵」つまり「いくさ」についてのことがらに触れている内容から考えれば、石燕の「こせんじょうのひ」は、この『和漢三才図会』の「燐・燐火」すなわち「おにび」の文章をふくらませて描いたものだとも考えられます。
up.2026.06.30
■古戦場火
▼門…城門・関門いずれなのかはハッキリせぬぞ
▼笈…旅する修行者や山伏などが背中に背負う物入れ
▼万骨枯る…数え切れない兵卒たちの犠牲のことをうたったものぢゃ
▼封侯…大名のこと
▼和漢三才図会…『和漢三才図会』(巻58・火類)の「おにび」(燐)の項の解説には、「そうげんび」や「うばがび」についての記述もみられるし、「あおさぎのひ」を描くときにも参照されていると見られるのぢゃ