酒顛童子
「しゅてんどうじ」には、白猿大王や猴の大王の存在も盛り込んだ戯文めかした填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、大江山の鬼の城中で、酒を呑み過ぎてだいぶふらふら状態に酩酊した「しゅてんどうじ」と手下の「おに」とを描いています。「しゅてんどうじ」は雲の模様の着物に袴[はかま]をはいた童子すがたですが、口からは牙がにゅッと鋭さを増したり、腕や頬には毛がぼつぼつと生え始めて来たりしており、酔いつぶれて、人間に近いすがたから鬼形へと変貌しつつある様子が表現されています。
「しゅてんどうじ」のうしろには大きな朱塗りの盃[さかづき]がひっくりかえっており、コレで酒を呑みほしたあとであることがわかります。左手奥には、平安京からさらわれてきたお姫さまがうしろすがたで描かれており、お酒を注ぐのにつかった巨大な長柄[ながえ]の銚子[ちょうし]も見られます。
石燕は、この「しゅてんどうじ」の絵に先がけて、『絵事比肩』(1778)でも、「酒顛」[しゅてん]と「白猿」[はくえん]を和漢の対として描いており、白猿伝との相似関係を理解していたことも知られています。
比較してみると『絵事比肩』のほうが手下の「おに」たちの数も3体で多く、髪型もより大童[おおわらわ]なかたちに描かれているので、『今昔画図続百鬼』の絵よりも『絵事比肩』の絵のほうが、「しゅてんどうじ」の絵としては、より真面目な仕上がりにはなっている点は、おもしろいところです。
「しゅてんどうじ」の枕[まくら]のような状態になって描かれている手下の鬼の腰巻は、虎[とら]の皮が用いられていて、「おに」の「絵」のときのデザインとは異なるものが描かれています。
▼酒顛童子
「しゅてんどうじ」は、見ひらきでいっしょに描かれている「さとり」とは山にいて人間をさらってゆくことのある存在同士というあたりが一対の要素として見受けられます。石燕が「しゅてんどうじ」と白猿伝の相似関係を知っていることは、わかっているので「猿・寓類」と属性上では縁のある同士という繋げ方でもあります。
▼大江山いく野の道に行[ゆき]かふ人の
「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」は小式部内侍[こしきぶのないし]の和歌。『百人一首』にある有名なもので、大江山と言えば外せないもの。
▼財宝を掠[かすめ]とりて積[つみ]たくはふる事 山のごとし
往来のひとびとから奪い取った財宝が山のように大江山には貯えられてる――ということ。大江山の「山」つながりで、「山のごとし」としています。
宝物を盗む――という盗賊めいた点が強調されているのは「しゅてんどうじ」の印象を白猿伝の白猿大王に近づけるための効果でもあります。
▼輟耕録[てっこうろく]にいはゆる鬼贓[きぞう]の類なり
鬼贓[きぞう]は、鬼(妖怪)たちが人間から奪い取った宝物のこと、陶宗儀『輟耕録』(巻6)にあるはなしは「みこう」たち――つまり「ましら」のような猴たちの化けていた妖怪が、道士のふしぎな鉄簡[てつかん]によって退治されるはなしですが、その猴たちの身につけていた金銀宝玉は、みんな人間たちから奪ったものだったという内容が載っています。
石燕は填詞に用いていないわけですが、この「鬼贓」はなしでも、猴たちは大王とその使者に変身して村に出現して、おばあさんの美しい娘を嫁にもらいたい――と発言しており、石燕の「さとり」(実質は「かく・やまこ」)や「しゅてんどうじ」の構成配置の意図が、「女のひとをさらう」という属性で結ぶ点だったらしいことが確認出来ます。
(2026.06.26)――
「鬼贓」のはなしは『愈愚随筆』(巻10)でも、訓読されたものが紹介されていますから、『輟耕録』から直接ではなくとも、このはなしは読むことは出来たようです、文人や僧侶たちであれば、ある程度はよく知られていたものだったとも言えます。
▼わらは髪に緋の袴きたるこそ やさしき鬼の心なれ
「わらわがみ」は「童髪」で、「しゅてんどうじ」のような童子姿の者の「大童」[おおわらわ]な髪型のこと。長めに垂らして切り揃えてあります。
石燕による填詞[かきいれ]は、「しゅてんどうじ」たちが眠っている様子についての描写がつづいている箇所が存在するのですが、逆に、彼らが源頼光らに退治さる過程などについては何も言及していないのも特徴で、このあたりも「いちいち文字としては書かなかった」というぐらいのレベルだったのかと見られます。
▼末世に及んで白衣[びゃくゑ]の化物[ばけもの]出[いづる]と聖教にも侍るをや
「白衣」という単語が急に出て来ますが、「しゅてんどうじ」の緋の袴の「赤」と対比させる役割で石燕は引き出して来たようです。
白衣[びゃくえ]は出家していない俗世の人間のことで、僧侶を意味する黒衣[こくえ]と対になっていることばですが、僧侶たちののなかでも、古くからの寺院にいる高位な僧侶たちを「白衣」、新興の遁世僧や廻国僧を「黒衣」と呼び分けることもあるようです。
指月[しげつ]禅師(1689-1764)の『行乞篇』には末法時世になると「白衣[びゃくえ]信人[しんじん]を誣[し]ひて抂刑にいたらしむ」という内容がありますが、コレはそこまで関係ないようです。また、『末法灯明記』には「末法には袈裟[けさ]変じて白くなるべし」という文句も出て、「色が変化する」あたりが「化物」と比喩することが出来そうですが、どうもそれのみでは読み方としてはシックリこないようです。
『法華経』(勤持品)には、濁劫悪世になると僧侶たちは邪智に走って白衣たちに都合の良いことばかりを説くようになるとあり、つづいて「悪鬼入其身 罵詈毀辱我」(悪鬼その身にいれてわれを罵詈毀辱せん)と、いった文句も出て来るので、「しゅてんどうじ」が「鬼」であること、幼いころに寺院で修行をしていたという前身を考えると、この『法華経』の「白衣」や「悪鬼」たちあたりのことがらが引き合いに出されていると見るのが、文人たちにであったらば誰にも分かるような内容だったと言えるのでしょうか。
up.2026.06.25
■酒顛童子…(能)大江山、御伽草子
■酒呑童子…(能)大江山、御伽草子
▼酒顛童子…丹波国大江山に巣食っていた強大な鬼。源頼光たちによって退治されたのぢゃ。頼光たちが神様から授かった「神便鬼毒酒」によって酔いつぶれてしまうぞ
▼大江山…◆『酒呑童子』曰「丹波国大江山には鬼神の棲みて日暮るれば近国他国の者までも数を知れず奪[と]りて行く」
▼袴…絵巻物などでは、大抵真っ赤な色の長い袴をつけているぞ。填詞でも「緋の袴」ともあるので、色摺りではないものの石燕の「しゅてんどうじ」も真っ赤な袴をはいているようぢゃ
▼絵事比肩…一対となる和漢の画題を主題にした石燕の主要な画譜のひとつなのぢゃ。人物篇につづいて続篇の予定も立てられていたが、完成しないうちに石燕は歿してしまったのが惜しい作品だぞ
▼酒顛…「しゅてんどうじ」に着せている衣裳は、『絵事比肩』と『今昔続画図百鬼』とではドチラもおなじ雲の模様のものがつかわれているぞ。巨大な長柄の銚子もおんなじものが描かれており、お姫さまも『絵事比肩』ではお顔が正面向きなのぢゃ
▼白猿…白猿伝で描かれる悪い猿の妖怪。白猿大王。お酒で酔いつぶされて、そこを退治されるという点が共通点だとして井沢蟠竜『広益俗説弁』(巻10)などでも「しゅてんどうじ」のはなしは白猿伝を脚色して舞台を日本に変えてつくられたものだと言及されているぞ
▼酒顛童子…酒呑童子・酒典童子・酒天童子など用字にはいくつも違いがあるが、どれが正解だということはないようぢゃ。能『大江山』も「酒呑童子」としてあることも多いぞ
▼輟耕録…石燕が直接同書から引いているのか、孫引きをしているのかについてはハッキリしないぞ
▼贓…「贓」の字は「ぬすんだもの」または「まいない・わいろ」という意味ぢゃ
▼鉄簡…鉄で出来た短冊のようなもの。「あやしい者」がやって来たら、竈[かまど]の火などに投げ込んで焚くと効果が出る――という仕組みの展開になっているぞ。◆『輟耕録』(巻6)曰「鉄簡投酒竈火内 既而電掣雷轟」
▼聖教…お経のことぢゃ
▼抂刑…無実の罪のことぢゃ
▼悪世…末法のことぢゃ。◆『平家物語』(巻1)曰「世 澆季[げうき]に及んで 人 梟悪[けうあく]を先とする」
▼濁劫…にごりきった時代のことぢゃ
▼勤持品…◆『法華経』(勤持品)曰「悪世中比丘 邪智心諂曲 未得謂為得 我慢心充満 或有阿練若 衲衣在空閑 自謂行真道 軽賎人間者 貪著利養故 与白衣説法 為世所恭敬 如六通羅漢」
▼悪鬼…◆『法華経』(勤持品)曰「濁劫悪世中 多有諸恐怖 悪鬼入其身 罵詈毀辱我」
▼幼いころ…◆『酒呑童子』曰「本国は越後の者 山寺育ちの児[ちご]なりしが」