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はしひめ

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

はしひめ

橋姫

「はしひめ」には、『伽婢子』にあるほうの「はしひめ」の情報が填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■あたまの上に火がぼうぼう

石燕は、川の水のなかで頭上に鉄輪[かなわ]の3本の足のように立てた髪に火をともしながら、怒りの表情で立っている「はしひめ」を描いています。ともした火は口にもくわえられており、火は合計5つ照らされています。

背景には、うずまいて雷をまき散らす黒雲と共に橋脚・欄干が描かれており、キチンと「橋」のすぐ近くであることが絵として示されています。川の流れも波が荒々しく描き込まれていて、「はしひめ」のねたみのちからを表現しています。

■この橋姫は宇治の橋姫

石燕の描いている「はしひめ」は、填詞[かきいれ]から判断すると、「宇治の橋姫」であると見られますから『平家物語』などの「剣巻」に登場するものを描いていると考えられます。

「剣巻」に登場する「はしひめ」は、ねたましい女を取り殺さんという嫉妬[しっと]の念から、貴船神社に願を掛けて「鬼」になった、ある公卿の娘だと設定されています。

はじめは自身が深くねたましいと思った女と、裏切ってその女に靡いた男を取り殺したダケでしたが、やがて色々な人間たちをあたりかまわず襲うようになり、ついには渡辺綱[わたなべのつな]によって退治されたと語られます。

貴船さまのおつげによって、宇治の川のなかに21日のあいだ入って鬼に化すときの「はしひめ」の格好は、「鉄輪を戴きて三つの足には松を燃し 松明を拵へて両方に火をつけて口にくはへつつ」――と描写されていて、石燕もデザインしている、頭の鉄輪[かなわ]に3つ、口にくわえた松明[たいまつ]の両端で2つ、合計5つの火をともしているかたちは「剣巻」に出て来るかたちを、なぞっているものだということもよくわかります。

■鬼や魍魎鬼神の部類

物語に出て来る「はしひめ」は、妬心に圧された娘がみずから進んで変じた「おに」である点が強調されており、「鬼」になってしまったあとは、普通に人間たちを襲う兇暴な存在になります。

能『鉄輪』では、「鬼」や「悪鬼」、「恨みの鬼」あるいは「魍魎鬼神」[もうりょうきじん]ということばが用いられており、安倍晴明が設置してくれた祭壇にまつられる三十番神たちから「魍魎鬼神は穢らはしや出でよ出でよ」と追い祓われる展開などが見られます。

▼橋姫
「はしひめ」は、見ひらきにある「はんにゃ」とは能でよく知られた存在・女のひとが妬心から化した存在といった一対になる構成になっています。「はしひめ」の格好は「うしのときまいり」のすがたですから、上巻の最後の絵とも関連性が深い画題です。

また、『平家物語』をはじめ、物語や浄瑠璃などでの「はしひめ」はだいたい「人多く失する事あり」ということがセットとして説かれる頻度が高いですから、ひとつ前の「しゅてんどうじ」につづいて、平安京にあらわれて人間たちをおびやかす強大な鬼・妖怪としての存在としても、並ぶ構成になっています。

▼橋姫の社[やしろ]は山城国 宇治橋にあり
宇治橋にある「はしひめ」であることが示されています。

石燕による填詞[かきいれ]は、「はしひめ」についての描写はあるものの、「しゅてんどうじ」の時と同様に、「はしひめ」が渡辺綱に退治される、あるいは能のように安倍晴明の祈りでしりぞけられる過程などについては何も言及していないのも特徴で、このあたりも「いちいち文字としては書かなかった」というぐらいのレベルだったのかと見られます。

▼橋姫は かほかたち いたりて醜[みにく]し 故に配偶なし
「はしひめ」が顔が醜い結果、男から嫌われてしまったという図式が適応されていますが、そのへんは「剣巻」には登場していない設定です。

「はしひめ」を醜いとしているのは『伽婢子』(1666)の「妬婦水神となる」(巻10)というはなしの冒頭にある宇治の橋姫の説明の箇所で、「世に伝へていふ 橋姫は顔かたちいたりてみにくし この故につひに配偶なし」――と、まったく同様な記述内容が見られます。

▼ひとりやもめなる事をうらみ 人の縁辺を妬[ねたみ]給ふ
「やもめ」は配偶者のいないこと。これも「はしひめ」が醜いという設定にしてある『伽婢子』のおなじはなしに出て来る、婚礼の行列が橋を通ると必ず離縁になるので忌まれているということの理由として説かれている「橋姫わが容貌[かほかたち]の悪しくて ひとりやもめなる事を怨み ひとの縁辺を嫉[ねたみ]給ふ故なり」という内容からのもので、「剣巻」には直接ない箇所です。

つまり、石燕は「絵」としてはわりとそのまま「剣巻」を描いた絵巻物にも描かれる「はしひめ」の格好で、川の水につかっている様子を描いているのですが、「填詞」のほうでは、むしろ『伽婢子』にある「はしひめ」は顔が醜いという設定のはなしのほうをわざわざ特別に「まめちしき」のようなかたちでクローズアップして用いているダケのようです。

その証拠として、「絵」の側には婚礼行列などが描かれてはいません。また、『伽婢子』にハッキリ述べられている「橋姫の前を通り 橋を渡りて縁をとれば久しからずして必ず離別する也」という内容が示されていない以上、『伽婢子』にあるような内容を「絵」として伝え切れているとも言えず、結局のところ、「填詞」は本当に添えられているダケで、「絵」とは連動していないようです。


up.2026.06.26

■橋姫…平家物語、源平盛衰記、(能)鉄輪




▼鉄輪…金属製の五徳のこと。これをあたまにかぶっている様子は「うしのときまいり」はモチロン、「ごとくねこ」などでも見られる格好ぢゃ。
▼公卿の娘…◆『平家物語』(剣巻)曰「嵯峨天皇の御宇に 或[ある]公卿の娘 余[あまり]に嫉妬深くして 貴船の社に詣でつつ七日篭りて申す様 帰命頂礼貴船大明神 願くは七日篭りたる験[しるし]には我を生きながら鬼神になしてたびたまへ妬[ねた]しと思ひつる女 取殺さんとぞ祈りける」
▼おつげ…◆『平家物語』(剣巻)曰「実に鬼になりたくば 姿を改めて 宇治の河瀬に行きて三七日漬[ひた]れと示現あり」
▼渡辺綱…源頼光に仕える四天王のひとり。頼光たちは「しゅてんどうじ」退治でも大江山で活躍しているのぢゃ
▼祭壇…◆能『金輪』曰「三重の高棚 五色の幣 おのおの供物を調へて 肝胆を砕き祈りけり」



▼人間たちをおびやかす…完全に鬼になってからの「はしひめ」は、男女かまわず人間を襲っており、申の刻を過ぎると誰も外に出ないほど、ひとびとはこわがっていた「剣巻」で展開される物語では設定されているぞ
▼妬婦水神となる…「妬婦水神となる」は巻10の本文での見出し表記で、巻1の目録では「岡谷式部が妻水神となる事」という見出しになっているぞ