丑時参
「うしのときのまいり」には、まじないについてのいましめを盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、真夜中の丑[うし]の時に神域に立ち入って「うしのときまいり」をしている人間を描いています。真っ白い着物に下駄をはいて、頭には明かりをともした鉄輪[かなわ]をのせた格好は、「はしひめ」にもうかがえるように、神仏に深い祈願をこめるときの特殊な装束でもあります。
「うしのときまいり」は、手に金槌[かなづち]を持っており、神社に生えている杉[すぎ]の木に、嫉妬[しっと]の相手に向けての、のろいの釘[くぎ]を撃ち込もうとしている様子です。
足許に眠っている大きな牛[うし]は、「うしのときまいり」のときに夜道に出現すると言われていたものを描き込んだとみられるもので、この大きな牛に怖じることなく跨いで行けるような胆力と覚悟が、このまじないを成就させるには必要だとされます。
このような大きな牛は、人間をのろうための願掛け以外の場でも語られていたようで、修行する者たちが真夜中におこなう「うしのときまいり」でも、満願[まんがん]の日になると大きな牛が行く手に出現するので、それを心も乱さず跨ぐことで、修行の成就に繋がるとされます。
「うしのときまいり」あるいは「うしのときもうで」は、近松門左衛門の書いた『つれづれ草』(1681)『蝉丸』(1693以前)といったお芝居のなかで、それを実行する場面が登場してから、ひとびとのあいでで非常によく知られるようになった、という俗説もあります。
▼丑時参
「うしのときまいり」は、上巻の最後の半丁にあたり、見ひらきでの対応はありません。しかし、上巻の巻頭に描かれた「おうまがとき」とは「時刻」を画題に用いた同士でハッキリ対応していると言えます。
▼丑時[うしのとき]まいりは胸に一つの鏡をかくし頭[かしら]に三つの燭[ともしび]を点じ
「うしのときまいり」に行く人間の格好をそのまま描写しています。
鏡は、着物の胸元に掛けたり、入れていったりするわけですが、石燕の「うしのときまいり」は背後から見た様子を描いている構図なので、かたちとしては「絵」のなかに描かれていません。
▼丑みつの比[ころ]神社にまうで 杉の梢[こずへ]に釘[くぎ]うつとかや
「神社にまうで」は、神社に詣[もう]でる――ということ。
石燕の填詞[かきいれ]でも「釘」がクローズアップされており、藁人形[わらにんぎょう]などは出て来ませんが、当時の笑い噺にも、糠屋[ぬかや]の男を憎んでいた女が「釘」では効かないので、木に「お灸」を据える「うしのときまいり」をするはなしがあり、安永ごろは、まだ、「木に釘を打ちつける」こと自体がまじないとして用いられてたこともうかがえます。
▼はかなき女の嫉妬より起[おこ]りて 人を失ひ身をうしなふ
「人をうしない」は、『源平盛衰記』(巻39)で戦乱の世に流される様子を語った内容にある「人をうしない身を助けんと」――といったような言い回しに使われてもいて、よく知られています。
▼人を呪咀[のろは]ば穴二つほれとは よき近き譬[たとへ]ならん
「人をのろわば穴ふたつ掘れ」は、のろいを掛けたりすると自らにもわざわいをこうむって、結局のところ相手ダケではなく自身も生命を失うことになるという意味のことわざ。「穴」とはすなわち「墓の穴」のこと。
「のろう」に「呪咀」という用字をあてるのは『書言字考察節用集』(巻8・言辞門)などにもみられるもの。「きょうりんりん」の填詞[かきいれ]にもみられます。
up.2026.06.29
■丑時参
▼丑の時…丑[うし]のときは、真夜中の2時過ぎごろ。やや深まれば「草木も眠るうしみつどき」になるのぢゃ
▼鉄輪…金属製の五徳のこと。これをあたまにかぶっている様子は「はしひめ」もおなじだが、「ごとくねこ」などでも見られる格好ぢゃ。
▼大きな牛…石燕の時代よりあとの時代のものだが、採集された伝承などにも大きな牛についての情報要素は見られるのぢゃ。◆中村浩「加賀・能登採訪聴取帳」1(『民俗学』2巻11号)曰「女は白衣を着て一枚歯の足駄を履き、鉄輪を戴き、口に櫛をくはえ、両端に蝋燭を立て真夜中に神社に行き、藁製の人形を釘で打着ける。満願の日神前に大きな牛が現れる。その牛をまたぐと願がとどく」◆斎藤槻堂『若越民俗語彙』(ウシイシ)曰「鯖江市小坂町の神社にある牛石は、丑の刻参(ときまいり)をする者があると、牛に化けてジャマをするが、これを越えて参ると、願が成就するといっている」
▼修行する者…『香川県史』(14・資料編民俗)曰「行者が丑刻参りをする。ヒモノダチして、米、塩、ゴマで山ごもりし、満願の日にトキマイリをする。このとき、大きな牛が出る。それを恐れて退いたら駄目で、乗り越えて行かなければいけないと言う。」
▼うしのときもうで…丑刻詣・丑時詣などの字で書かれるぞ
▼近松門左衛門の『つれづれ草』では、兼好に惚れていた侍従局[じじゅうのつぼね]が蛇身になる展開などに用いられているぞ。このお芝居では、「鳥居」に「釘」が撃ち込まれいるのぢゃ
▼近松門左衛門の『蝉丸』では、別々に出かけていた北の方[きたのかた]と芭蕉前[ばしょうのまえ]のふたりが宇治の橋姫神社の前でたまたま出会ってしまう展開などが出て来るのぢゃ。ここでの格好もヤハリ鉄輪[かなわ]をあたまにのせているぞ
▼わらいばなし…「ぬかにくぎ」ということわざを利かしたもので、『座笑産』(1773)の「神木」というはなしにあるものぢゃ。◆「丑の時参り 神木[しんぼく]に灸[きう]をすへて居る 宮守[みやもり]見付け なぜ釘をうたぬぞ なにかくしませう わたしがのろふ男は糠[ぬか]やさ」
▼人をうしない…『源平盛衰記』(巻39)曰「運[うん]尽[つき]世[よ]乱[みだれ]て後は 此[ここ]にて軍[いくさ]彼[かしこ]にて戦[たたかひ]と申して 人を失[うしな]ひ身を助[たすけ]んと勵[はげます]悪念は無間[むげん]に遮[さへぎっ]て一分の善心 曽[かつ]起らず」