長壁・刑部
「おさかべ」には、流行っていた俗曲の文句を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、上座の畳のうえに坐って、御簾[みす]を両手でみずからあげて顔を見せている「おさかべ」を描いています。緋の袴をはいたお姫さまなすがたで描いており、姫路城にいると語られて来た「おさかべひめ」を描いていることがハッキリわかります。
画面の右手にはお城の窓が描かれていますが、窓の色は真っ黒で「おさかべ」の周囲には3匹の「こうもり」がひらひらと飛びまわっています。
「おさかべ」が身にまとっている裲襠[うちかけ]は雲の模様になっており、「たまものまえ」とはキチンと別の衣裳になるように絵づくりをしています。髪の毛の描き方も変えており、ひとつの見ひらきにおさめた場合、おなじようになってしまいがちな画題である「玉藻前/長壁姫」を意識的に描き分けています。
歯のお手入れについても「おさかべ」のほうは鉄漿[おはぐろ]になっており、いちばん外側は鋭い牙のようにしていて、妖怪らしさを強調する描き方になっています。
▼長壁
「おさかべ」は、見ひらきにいっしょに描かれている「たまものまえ」と共に、物語やお芝居で非常によく知られた「お姫様な妖怪」の一対として描かれています。
▼長壁は古城[こぜう]にすむ妖怪[ようくわい]なり
「古城」とぼかした表現になっているのは、大名に関してのことをおおっぴらに出版することが出来ないこともあってのもので、お芝居で「姫が城」などという表現が用いられていたようなことと同様のものです。
▼姫路におさかべ赤手拭とは童[わらんべ]もよくしる所なり
「姫路におさかべ赤てぬぐい」という文句は、俗曲などの文句として流行したものだと見えて、平賀源内『風流志道軒伝』にも「狸のきんたま八畳敷」や「狐がさんびき尾がななつ」などの、街頭や酒席の場で流行った俗曲の文句といっしょに「姫路におさかべ赤てのごい」という文句が、妖怪変化の出現しそうな場面で「魑魅魍魎のしわざか」という登場人物のせりふにつづけて登場します。
「あかてぬぐい」という名称は、安永ごろの上方の歌舞伎では『万恵天目山』(1774)などをはじめ、「狐」の役名として用いられている例がいくつか確認出来ます。これも、「姫路におさかべ赤手拭」に由来して役名に用いられていると考えられます。
江戸でも「姫路におさかべ赤てぬぐい」という定型句ダケが用いられつづけていた側面はいくつかみられ、 では顔見世狂言の「しばらくのつらね」に「」という地口がうかがえますし、1813年に四方真顔によって書かれた『尾上松緑叟をほむるに化物尽し讃め詞』というほめことばでも「おさかべ」を組み込んだ箇所では「一ッ目小僧 竹の子笠に丸盆の おかべ おさかべ赤手拭 染手拭のひゐき連」という戯文になっており、豆腐(おかべ)につなげて「おさかべ」が連鎖されて、「おさかべ」と言えばということで「おさかべ赤てぬぐい」の文句が応用されています。
up.2026.06.28
■長壁
■刑部
▼鉄漿…お歯黒。涅歯。鉄などを用いて歯を黒く染めること「かね」や「つけがね」とも
▼妖怪…この「おさかべ」も、「ようかい」という書き方で「妖怪」がキチンと用いられている使用例でもあるぞ
▼姫が城…『歌舞妓年代記』に記されている、歌舞伎役者の山中平九郎が「おさかべ」の役をつとめて人気をとったとされるお芝居の外題も『泰平記姫ヶ城』で「姫路城」とは言わないかたちで「姫路城」を示す処置がとられていることが知れるぞ
▼姫路におさかべ赤てぬぐい…『俚言集覧』には「姫路におさかべぬれ手ぬぐひ」と見られるぞ
▼狸のきんたま八畳敷…「たぬきのきんたま八畳敷」「あのこのきんちゃく八丈縞」「さぬきのこんぴら大権現」をそれぞれ決まったしぐさと共に順番に言いつづけてゆく遊びは宴席などに見られるぞ。『大佐用』vol.339「睾玉・巾着・金比羅」でも遊び方は詳しくあつかったぞ
▼狐がさんびき尾がななつ…「若狭小鯛が九つ狐が三疋尾が七つ」などの文句。若竹藤九郎が京都に行ったとき、いろいろと買ったおみやげを落っことしてしまい、伏見人形の狐の尾が割れてしまったことに由来するもので、その場で藤九郎たちがスグ唄ったものが流行したとされるのぢゃ