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はんにゃ

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

はんにゃ

般若

「はんにゃ」には、能『葵上』の内容に「はんにゃ」の語源があるという填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■護摩壇の前でお口をくわーッ

石燕は、護摩壇[ごまだん]の前に坐って大きく口をあけて気を吐いている鬼女として「はんにゃ」を描いています。手には撞木形の鉄杖[てつじょう]を突いており、お芝居などでよく持たれる小道具も配備されています。

独鈷・鈴・経典などいろいろな仏具が並べ立てられた護摩壇には、護摩の火が焚かれています。また画面の左手、「はんにゃ」のうしろがたには、菊[きく]と柴垣[しばがき]の絵が描かれた屏風[びょうぶ]が立てられており、護摩壇の設けられているのが、どこぞの屋敷内であることがわかります。

■瞋恚の炎に焦がれる般若

いきりょう」の代表として、よく話題に出される『源氏物語』の六条御休所[ろくじょうのみやすどころ]の出て来る能『葵上』について、石燕も填詞[かきいれ]で触れているので、それを画題に採って「はんにゃ」としていることはわかります。

『葵上』では、光源氏[ひかるげんじ]は葵上[あおいのうえ]のほうをより愛している、と嫉妬[しっと]と瞋恚[しんに]に燃える六条御休所の生霊が「もののけ」となって、葵上を苦します。ついにはその生霊は「鬼」のすがたにもなって葵上の前に出現したので、横川小聖[よかわのこひじり]の法力によってしりぞけられ、「あらあら恐ろしの般若声や これまでぞ」と言って消えてゆきます。

「般若声」というのは、「ありがたいお経」の「声」のことで、横川小聖の唱えていたものをさしています。

▼般若
「はんにゃ」は、見ひらきにある「はしひめ」とは能でよく知られた存在・女のひとが妬心から化した存在といった一対になる構成になっています。また、能のなかではドチラも「鬼」であると表現されているので、「しゅてんどうじ」からつづく「鬼」つながりでもあります。

▼般若[はんにゃ]は経の名にして
「般若波羅蜜多」と『般若心経』などとあるように、「般若」ということばそのものは「知恵」という意味を持つ梵語です。

▼苦海をわたる慈航とす
「慈航」は「すくいの舟」という意味。

清凉禅師の「苦海之慈航」ということばを引いたもので、いろいろな漢籍の内容を抄録している『琅邪代酔編』(巻32)の「般若」の項に「清涼禅師云 大般若者 苦海之慈航 昏衢之巨燭也」――と見られます。「すくいの舟」の対句として「おおきな明かり」という表現も「般若」のたとえにはあるわけですが、石燕はソチラは採っていません。

ここでは、本来の仏法のことばとしての「般若」のほうのまめちしきを最初に石燕は並べており、それに対する「しかるに」として、鬼面にも「はんにゃ」ということばが使われる理由をつづけていきます。

▼ねためる女の鬼となりしを般若面といふ事は葵の上の謡[うたひ]に
「ねためるおんな」は「妬婦」のことで、「はしひめ」で描かれている宇治の橋姫などもコレに当てはまります。

石燕は、そのまま能『葵上』で、六条御休所が鬼のすがたになって出て来たときに行者(横川小聖)の法力によってたじたじしはじめる場面についてを述べていきます。

▼あらおそろしのはんにゃ声や といへるより転じてかくは称せしにや
鬼の状態の六条御休所が、横川小聖の唱えるお経の声を形容した「般若声」[はんにゃごえ]ということばから、逆にそのようなお経に封じられるような「鬼」たちを「はんにゃ」と呼ぶようになったようです――と石燕は述べているわけです。

「般若声」に「はんにゃ」の語源を求める説明の仕方は、「おに」での鬼門の説と同様、石燕以前から儒者の山本北山などが語っていたようで、既に存在して来たものだと言えますが、実際のところ、どうして鬼のことを「はんにゃ」と呼ぶようになったのかについては、精確な語源が伝えられながら使用されていたわけではなく、不鮮明です。
中世のころから「どうして、この鬼の面のことを般若と呼ぶんだろう……?」という疑問が持たれながら、そう呼ばれつづけていた結果、「般若声」以外にも「半蛇」と呼ばれていたものを佳字にしたという説、「般若坊」というひとが彫った仮面だからという説など、いろいろと語られているわけです。

つまり、「はんにゃ」の填詞[かきいれ]も、「絵」としての「はんにゃ」や能『葵上』の説明というよりも、「はんにゃ」ということばについてのまめちしきを添えているかたちで「填詞」を構成しているダケだと言えます。


up.2026.06.26

■般若…(能)葵上




▼鉄杖…打杖とも。能で鬼女たちがよく小道具として持っていることから、歌舞伎などでも鬼女たちの持ち物として使われるようになっているのぢゃ
▼光源氏…紫式部の描いた『源氏物語』のおはなしの中心となっている色男ぢゃ
▼葵上…光源氏の北の方なのぢゃ。左大臣さまの娘
▼瞋恚…怒りの感情のことぢゃ。人間のおちいる三毒(貪・瞋・癡)のひとつだぞ



▼鬼…◆能『葵上』曰「読誦の声を聞く時は読誦の声を聞く時は 悪鬼心を和らげ 忍辱慈悲の姿にて菩薩もここに来迎す」
▼琅邪代酔編…32巻にはほかにも仏法に関する単語についての抄録が展開されているのぢゃ。石燕はこの本からのものだとして「たまものまえ」の項でも填詞に記載しているが、直接ここから採っているのか、孫引きをしているのかについては「しゅてんどうじ」での『輟耕録』と同様にハッキリせぬぞ
▼般若声…般若声が由来かとする説は、朝川善庵『善庵随筆』にも見られ「鬼女の大般若経読誦の声をおそるるをいふなるに おそろしとあるより誤解して般若声を鬼女の声と心得違ひし 鬼女を般若といふことになりしと北山先生語られき」――などとあるのぢゃ。いっぽう善庵は「般若といへる名工ありしが鬼女の仮面に別けて巧妙なりければ」――と般若坊を由来とする説についても同時に紹介しているが、そのような仮面の作者の名は聴いたことがないともしているぞ
▼山本北山…朝川善庵の言っている「北山先生」にあたるのは山本北山であって、こんなところも「序・頑庵」に登場する頑庵や屋代弘賢との情報要素の接点が少し垣間見られるのぢゃ
▼半蛇…関根正直『からすかご』(1927)の「天狗の面と般若の面」で出している説で、「はんじゃ」(半蛇)自体は鬼の状態を示すことばとして存在しているので信用度はある程度高いものではあるが、本当にそうだったのかは確証に乏しいのぢゃ
▼般若坊…奈良にいた僧侶で面打職人。しかし野上豊一郎『能面』(1987)にあるように、般若坊の活躍時代以前から「はんにゃ」の面は存在しているので、般若坊のつくる鬼女の面が見事だったために「般若」と、その名が冠せられるようになったことは考慮出来るものの、創案者であったという説は成立しがたいのぢゃ