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てらつつき

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

てらつつき

寺つつき・寺啄・啄木鳥

「てらつつき」には、守屋大臣の説話に即した填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■仏法釈教の侵出を破壊せよ

石燕は、物部守屋[もののべのもりや]のたましいが「てらつつき」(けらつつき)という鳥になって、聖徳太子の建立した四天王寺を破壊するために飛び立っている様子を描いています。瞑目した守屋大臣から気の導線が発して、画面の左上に向かって「てらつつき」が1羽、出動しています。

「てらつつき」は特徴としては、くちばしがキチンと長めに描かれており、「きつつき」の仲間である特徴を持たせたデザインになっています。

房のついた菊型の引手[ひきて]のある立派な襖[ふすま]などが描かれており、舞台が立派な御殿であることがうかがえます。また、守屋大臣の冠と笏[しゃく]は身体から手放されており、それぞれ台と座敷のうえに置かれています。

■滅ぼされた守屋大臣の怨霊

守屋大臣が鳥の姿になって寺を破壊しようとした行動は、『源平盛衰記』(巻10)などでも語られており、守屋大臣が仏法をめぐって聖徳太子たちと対立した「仏敵」であるという位置づけでの描かれ方は、縁起物語や浄瑠璃などでも定番のものになっていました。

寺島良安『和漢三才図会』(巻34・林禽部)の「啄木鳥」の項も「てらつつき」と「きつつき」という2種類の和名を表示した上で守屋大臣のはなしを紹介しており、その箇所には「寺啄」という表記も見られます。また、『書言字考節用集』(巻5・気形門)でも「啄木鳥」という字で「てらつつき」を掲載しています。

「啄木鳥」という唐名での正字表記が存在するにもかかわらず、「寺つつき」という平易な表記を石燕が採用した事情動機についてはハッキリしません。

■ここでは単体で描かれていますが

『源平盛衰記』(巻10)の「守屋啄木鳥となる事」で語られている守屋大臣が鳥になったはなしでは「守屋が怨霊 彼[か]の伽藍[がらん]を滅ぼさんが為に数千数万の啄木鳥[けらつつき]と成って」とあり、「てらつつき」は説話上では大群をなして寺院を破壊にかかったことが描写されています。

これに対して聖徳太子は、鷹[たか]のすがたに変じて対応をして、守屋大臣の霊の化した鳥たちを退治したとされます。

絵づくりの上での鳥の数の設定理由はハッキリしませんが、対となる「にゅうないすずめ」では、画題とした鳥たちをたくさんの群れで描いていることを考えれば、対比やバランスをとってのものだとも言えそうです。

▼寺つつき
「てらつつき」は、見ひらきでいっしょに描かれている「にゅうないすずめ」とは「霊が鳥のすがたに化した者」同士での一対になっています。「絵」の表現としても人物から気の導線と共に鳥が飛びだしているかたちで共に描かれており、わかりやすい描き方が採られています。

▼物部大連守屋[もののべのおおむらじもりや]は仏法をこのまず
物部守屋は、大和朝廷に仕えていた豪族のひとり。蘇我馬子[そがのうまこ]たちとは仏法をめぐって対立したというおはなしが古くから縁起物語などで語られ続けて来ました。

▼厩戸皇子[むまやどのおうじ]のためにほろぼさる
「うまやどのおうじ」は聖徳太子のこと。

▼その霊 一つの鳥となりて 堂塔伽藍[どうとうがらん]を毀[こぼ]たんとす
堂塔伽藍は寺院の建物のこと。伽藍[がらん]自体がお寺を意味する梵語です。

ほろぼされた守屋ということなので、実際おはなしの流れとしても守屋の滅亡後に「てらつつき」が発生するわけですが、「絵」としては瞑目をして両手で「印」のようなものを結んだ守屋大臣から「てらつつき」が出動している絵づくりになっています。

ここまで「しゅてんどうじ」や「はしひめ」などでは、石燕による填詞[かきいれ]には「退治した者」の存在や過程が描写されることがなかったわけですが、「てらつつき」の場合は滅ぼされた結果として発生しているためなのか、守屋大臣を討った聖徳太子のことが話題として登場しています。


up.2026.06.27

■寺つつき
■寺啄…和漢三才図会
■啄木鳥…和漢三才図会、書言字考節用集




▼守屋大臣…衣裳については「聖徳太子のころの衣裳」という規範自体が特別に存在していない時代なので、普通の公卿の衣裳が用いられているぞ。これは絵巻物や浄瑠璃・歌舞伎などとまったくおなじことぢゃ
▼鳥のすがたになって…石燕が「てっそ」として描いている頼豪阿闍梨のはなしが載っている『源平盛衰記』(巻10)では、頼豪阿闍梨が「ねずみ」になったこととの対比として物部守屋が「けらつつき」になったことを挿話として組み込んでもいるのぢゃ
▼鷹のすがたに変じて…◆『源平盛衰記』(巻10)曰「数千数万の啄木鳥[けらつつき]と成って堂舎をつつき亡ぼさんとしけるに 太子は鷹[たか]と変じてかれを降伏[がうぶく]し給ひけり」



▼退治した者…「はんにゃ」の填詞では六条御休所を祓った横川小聖[よかわのこひじり]が登場しているが、あれは「般若声」の説明をするためのものであったので、ヤハリ主眼は「退治された過程」とは異なる次元と言えるものぢゃ