木魅・木霊・樹神・彭侯
最初に掲載されている「こだま」には「百年の樹には神ありてかたちをあらはすといふ」という填詞が添えられています。『画図百鬼夜行』では、基本的にはふつうの絵手本と同様な形式、つまり「画題を示す文字」と「絵」のみで、ときどき簡単な解説を添える――という手法がとられています。
まえへ|つぎへ熊手[くまで]を持ったおじいさん(尉)、箒[ほうき]を持ったおばあさん(姥)のすがたをしているのが「こだま」です。石燕による填詞に説明されているとおり、年を経た古い木の神(精霊)を描いており、能で親しまれていた『高砂』に登場する夫婦の精霊を画題として描いたものであることがわかります。
『高砂』に登場するのは摂津国の「住吉の松の精」(尉)と播磨国の「高砂の松の精」(姥)で、この2本の松の木は「相生の松」(あいおいのまつ)と称して夫婦同士の松の木だと描かれます。それを受けて、松の木・おじいさん・おばあさんのすがたかたちは、お祝いごと――特に婚礼の席に飾られる「島台・洲浜台」に造形されることが多く、その点でも画題としてひとびとには非常に身近なものでした。
巻頭いちばんはじめの絵として登場させているのも、舞台ではじめに三番叟が舞われるのとおなじように、はじまりに対する「おめでたさ」をキチンと採ったものだと言えます。
絵の中心には大きな松の木が描かれています。その松の幹[みき]からふわふわと気の導線と松葉たちを描きつつ「こだま」たちは空中に現われているので、「松の木」の精霊が描かれていることが明確にわかります。
松の木は根もとが画面内に描かれていないので、どのぐらいの大きさなのかはわかりませんが、ぐにゃぐにゃと複雑に曲がった枝ぶりからしても立派な老樹が描かれています。
箒と熊手は、枝から落ちた松葉たちをあつめるためのもので、これは『高砂』の曲中にそのまま「落葉衣の袖添えて木蔭の塵を掻こうよ木蔭の塵を掻こうよ」や「木の下蔭の落葉かくなるまで命ながらえて」などの詞章でも登場して来ます。
おばあさんの足は裸足で描かれています。わらじなどを履いていません。おじいさんのほうは画面の匡郭で足の下のほうが区切られてしまっているのでハッキリと見ることが出来ません。
▼木魅
「木魅」という文字をつかって「こだま」とする訓ませ方は「木霊」にくらべてもあまり特殊なものではなかったようで、『文選』にある「木魅山鬼」という文の「木魅」を「こだま」と訓ませる教え方が当時でも流通していましたし、字書の類でも用いられて来ました。
寺島良安『和漢三才図会』(巻40・怪類)でも、木の精怪の「彭侯」(ほうこう)に「こだま」という和訓をつけたり、異名に「木魅」を挙げていたりもします。『書言字考節用集』(巻5・気形門)では「こだま」には「彭侯」のほうが立てられていて「木魅」は見られません。
up.2026.05.12
■木魅…和名類聚抄、和漢三才図会
■木霊…延喜式
■樹神…和名類聚抄
■彭侯…和漢三才図会、書言字考節用集