日和坊
「ひよりぼう」には、てるてるぼうずのおまじないについての内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、山の岩肌にすがたをあらわすおぼうさまのようなかたちで「ひよりぼう」を描いています。一見するとただのお地蔵さんのようなたたずまいで、「絵」のみが提出されていた場合、よくわからなかったかも知れません。
草木や花が多くある山が舞台として描かれており、葉っぱに用いる筆法もいくつも多様なものが用いられています。山間いには、むくむくと雲気も立ちのぼっており、環境もきれいで霊力も高そうな山であることがうかがえます。
「ひよりぼう」という存在は特に言い伝えが広く確認することが出来ないわけですが、填詞[かきいれ]に「てるてる法師」という語句があることからも示されているように、お天気を願うために紙などでつくる「ひよりぼうず」「てるてるぼうず」などのおまじないにつくられる紙人形を、おぼうさまのかたちをした妖怪としてデザインしなおしたものが「ひよりぼう」なのだと考えられます。
▼日和坊
「ひよりぼう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「あめふりこぞう」とは気象つながりのもの同士として一対になっていると見られます。こちらは「晴」のお天気。
▼常州の深山にあるよし 雨天の節は影見えず 日和[ひより]なれば形あらはるると云
雨のときははすがたが見えず、日和のときにだけすがたを見せます――という設定が添えられています。
「常州」は常陸国のことだと解すれば、このような山は「筑波山」なのかも知れませんが、石燕はただ「深山」としか示していないので、「ひたち」を「日立ち」と結びつけた、ただの戯文設定だともいえます。
「日和」はお天気の良いこと。『書言字考節用集』(巻2・時候門)では「にちわ」と「ひより」の2ヶ所で「日和」の字が挙げられています。
▼今 婦人女子 てるてる法師といふものを紙につくりて晴[はれ]をいのるは
『俳諧武玉川』5編(1752)に「八専に照々坊主派[は]がきかず」、『俳諧新選』春之部(1773)に「藪入[やぶいり]の三寸をてるてる法師哉[かな]」――などの句もみられますから、当時これらの呼び方がいずれもありふれていたことが知れます。
▼この霊を祭れるにや
石燕は、「ひよりぼう」を実際に存在する存在として「見立てて」、紙人形をつくってお天気が晴れるように願うおまじないをするのは「ひよりぼう」という深山に現われるというおぼうさまに願を掛けているのだ――と設定して遊んでいるわけです。
up.2026.07.08
■雨降小僧
▼木…松の木も別々の葉の描法が用いられており、筆法がいろいろに駆使されているぞ
▼花…桔梗[ききょう]のような5弁のかたちで統一されて描かれているぞ
▼てるてる法師…前田勇『児童戯考』(1944)では「ほうし」のほうが「ぼうず」よりも古かったのではないかとしているぞ
▼ひよりぼうず…日和坊主の呼び方は、幕末から近代にかけてもしばしばみられるぞ。◆浄瑠璃『花曇佐倉曙』曰「アレ見なさそれ、きかなんだ日和坊主で、鼻かんだ様な顔してけつかるはい、アハハハハハ」
▼ひたち…「日」が入ればよいという動機であったのなら「日向国」でも良いわけぢゃ
▼見立てて…たとえば「のどぼとけ」や「ひざこぞう」という体の部品には仏尊や沙門がいるわけではないが、仮にこれを同様に画像妖怪にした場合、「ひよりぼう」にあるような状態の文言がつづられるということを考えれば、その立位置がわかりやすいのぢゃ