[空+鳥]・鵺
「ぬえ」には、『平家物語』に即した填詞[かきいれ]が添えられています。目録では夜の字のほうの「ぬえ」の漢字が用いられており、かなのつづりも「ぬへ」となっていて表記は一定していません。
まえへ|つぎへ石燕は、頭が猿、手足が虎、しっぽが蛇というすがたの「ぬえ」を描いています。内裏にあらわれて、鳥の「ぬえ」のようなあやしい声で鳴き、みかどを悩ましたとされます。
ぐるぐると渦まくかたちで「ぬえ」が出現するときにいっしょに飛んで来たとされる黒雲がおり、御簾[みす]の掛かった内裏の建物と共に大道具として描かれています。
「ぬえ」という漢字については、石燕はドチラも活用しているので片方に特別な意味を持たせているということは特になさそうです。
本文の側で空の字のぬえのほうを用いているのは、単に『平家物語』(巻4)がソチラの字を用いているから――といった理由ダケのようです。『源平盛衰記』(巻16)『太平記』(巻12)でもソチラの字が使われている本が多いわけですが、『書言字考節用集』(巻5・気形門)でも「ぬえどり」(ぬへとり)に空と夜、ドチラの漢字も挙げられていたり、能『鵺』では夜の字のほうが用いられていることも多いので、「ぬえ」の漢字がふたつある――ということは知れ渡っていた知識でもあります。
物語のなかでは、源頼政が「ぬえ」退治に用いている弓矢は、『源平盛衰記』(巻16)などでは、源頼光[みなもとのよりみつ]が夢のなかで授かった養由基[ようゆうき]の弓矢であることが非常によく語られていましたが、そのあたりは石燕の填詞[かきいれ]に登場することはありませんでした。
物語や説話から、独立して切り出した「妖怪」たちがあくまでも主眼であって、退治する側の人間を画題の中心にしていない石燕の「めずらしい姿勢」が、キチンとこのような部分からも伝わるわります。
いっぽうで、填詞[かきいれ]のなかでたまたま触れていないことが結果として、当時は「物語」としてあたりまえの設定だった軍談・戯曲の基本設定部分が、現代の「妖怪図鑑」にあまり情報要素として保存されていないことの原因のひとつにもなっている部分があります。
▼鵺
「ぬえ」は、見ひらきにいっしょに描かれている「いつまで」とは武士によって退治された化鳥つながりの対[つい]の絵として構成されています。
▼[空+鳥]は深山にすめる化鳥[けてう]なり
山岡元隣『百物語評判』(巻4)での「ぬえ」の説明にある「深山[みやま]幽谷[ふかきたに]にすめる化鳥なり」――という文がそのまま移植されているわけですが、深山に住んでいるとされるのは、鳥のほうの「ぬえ」であって、源頼政が退治しているような化鳥の「ぬえ」ではないので、ここでは少し混同が起こっている気味があります。
「化鳥」は、いろいろなかたちのものが古くから内裏のうえを飛ぶあやしいものとして記録されています。石燕による填詞[かきいれ]での「けちょう」は「いつまで」では『太平記』での用字を採って「怪鳥」のほうで書かれています。
▼源三位頼政 頭は猿 足手は虎 尾はくちなはのごとき異物を射おとせしに
「くちなわ」は蛇のこと。『平家物語』でも「くちなは」という傍訓をつけているので、意識して用いられている表記であることもわかります。
源頼政[みなもとのよりまさ]が「ぬえ」を弓で射たというはなしは、物語やお芝居、武者絵でも大量に描かれて来たものなので非常に親しまれていた画題でもあり、石燕の填詞[かきいれ]も特にうがったところは見られません。
『平家物語』などでは、前例として、堀河院の時代に源義家[みなもとのよしいえ]が同様に妖怪を弓のちからで祓ったということがあったので、頼政が呼ばれた――という展開になっており、「魔物を弓のちからで武士が祓う」という行為についての権威づけのための構成が色濃く採られています。
▼なく声の[空+鳥]に似たればとて ぬえと名づけしならん
「ぬえ」と呼ばれる妖怪ではありますが、鳴き声がそういう声だったので、いつの間にかこの妖怪も「ぬえ」と呼ばれているわけですが、「ぬえ」というのはあくまでも古くから知られていた普通の鳥の名前ですよ――という説明は現代でもよく提出されるもので、ココで石燕がしているように、当時から存在していたことも知れます。
up.2026.07.10
■鵺…平家物語、源平盛衰記
▼すがた…『平家物語』と『源平盛衰記』では、すがたかたちは異なるため、石燕が世間でも「絵」として広く用いられて来た『平家物語』準拠のすがたで描いていることはよく知れるぞ。◆『平家物語』(巻4)曰「頭は猿 躯[むくろ]は狸 尾は蛇[くちなは] 手足は虎の姿にて 鳴く声[空+鳥]にぞ似たりける」◆『源平盛衰記』(巻16)曰「頭は猿 背は虎 尾は狐 足は狸 音[こゑ]は[空+鳥]也」
▼みかど…『平家物語』(巻4)や『太平記』(巻12)では「近衛院の御時」とあるが、『源平盛衰記』(巻16)では二条院または高倉宮の御宇と設定されており、頼政が化鳥を射たということのほうが主眼であって、「みかど」が誰であるのかという点は特に定まっていないのぢゃ
▼黒雲…東三条[とうさんじょう]にある森から、丑の刻ごろになると黒雲が飛んで来るのぢゃ。◆『平家物語』(巻4)曰「御悩の刻限に及んで東三条の森の方より 黒雲一村[ひとむら]立ち来って 御殿の上に靉靆[たなび]いたり」◆『源平盛衰記』(巻16)曰「丑の刻の半に及で 如例[れいのごとく]東三条の森より黒雲一叢[ひとむら]立渡[たちわたり]御殿の上に引覆[ひきおほはん]と為[しけ]れば」
▼源頼光…「しゅてんどうじ」退治などでも知られる武将ぢゃ。文殊菩薩[もんじゅぼさつ]の申し子同士であるという縁から、養由基[ようゆうき]の使っていた弓矢が伝えられているという説話設定はその後、『前太平記』(巻18)でも用いられておるのぢゃ。
▼養由基…楚の国にいた、弓の名手。養由[ようゆう]という呼び方で説話には登場することが多いぞ。源頼光が授けられたと設定されている弓は「雷動上」、矢は「水破」と「兵破」という名前ぢゃ
▼化鳥…平清盛[たいらのきよもり]も、『源平盛衰記』(巻1)などで「ぬえ」のような声で鳴く化鳥を弓で退治しているのぢゃ
▼源義家…八幡太郎義家[はちまんたろうよしいえ]としても知られる武将ぢゃ