魍魎
「もうりょう」には、漢籍由来の内容に即した填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、新仏の墓場を掘り起こして亡者を引っぱり出して肝を取り出して食べようとしている様子の「もうりょう」を描いています。引っぱり出すためなのか、「もうりょう」はかじりつきながら両手で亡者の頭をつかんでいます。
うさぎのような長い耳は、かたちの特徴として「もうりょう」に対してよく言及されているものです。
大道具としては蔦[つた]のからまった大きい松[まつ]の木が描き込まれており、画面のしたのほうには「もうりょう」によって打ち壊されたのか、折られた卒塔婆[そとば]と、供えられていた花柴[はなしば]のような木の枝が見られます。
『和漢三才図会』(巻40・怪類)では「もうりょう」が『本草綱目』を引きながら、亡者の肝をこのんで食べる――などの説明を掲載しています。「みずは」という和名な読み方も挙げられており、記紀神話に出て来る水神の呼び方と結びつけたことばについても同列にあつかっています。
石燕は、『和漢三才図会』にある「もうりょう」の挿絵もデザインの画像要素として摂り込んでいて、うさぎのように長く生えている耳がキチンと踏襲されています。
『和漢三才図会』の挿絵の「もうりょう」と、石燕の「もうりょう」を比較すると、挿絵にある画像要素をデザインの参照にしつつ、亡者を引っぱり出しているすがたに動作や構図をつくりなおしている絵づくりは、石燕独特のもので、画面内での状況を再構成することに長けていることがよくわかります。
▼魍魎
「もうりょう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「じゃみ」とは「魑魅魍魎・邪魅魍霊」な対の関係として描かれているようです。
▼形三歳の小児の如し 色は赤黒し 目赤く 耳長く 髪うるはし
『和漢三才図会』に引かれている『淮南子』由来の「罔両[もうりょう] 状如三歳小児 赤黒色 赤目 長耳 美髪」――という解説からそのまま引いているものです。
しかし、『淮南子』以外の場での「もうりょう」たちもすべてがこのような固有の特徴を持った存在として語られつづけていたというわけでもないようで、かたちに関する情報要素が『淮南子』のこれしか存在していない――『淮南子』以前からこういうものだと想像されていたのかどうかについてはハッキリしません。
▼このんで亡者の肝[きも]を食[くら]ふと云
『和漢三才図会』に引かれている『本草綱目』にある「罔両[もうりょう]好食 亡者肝」――という解説を引っぱっています。石燕による「絵」での描写も、この文章から組み立てられたものだと言えます。
「じゃみ」であつかわれている「邪魅」たちが、汎用なことばでしかなかったように、「もうりょう」も太古のむかしは同様に固定したデザインなどもない、もっと汎用な存在だったと思われますが『本草綱目』や『和漢三才図会』での情報と画像とが一般化した結果、石燕もそれに沿ったダケの「もうりょう」を示しているわけで、「ちみ」や「じゃみ」よりも早い段階で固定化していた例として 比較をすることが可能です。
しかし、石燕が「ちみ」として「じゃみ」を描かなかった結果、「ちみ/もうりょう」がセットで描かれることは、現代の側に発生しづらくなっています。そのため、一般には「ちみ」は固定的なデザインのない汎用なことば・存在である――という状態が保たれているのも、奇妙な現実です。
up.2026.07.11
■魍魎…和漢三才図会
▼亡者…人間が描き込まれるのは数の少ない例。しかし、この亡者は「かしゃ」でのものとおなじく「もうりょう」のたべものとして出演しているので、どう数えるのかは難しいところぢゃ
▼花柴…樒[しきみ]の葉っぱのこと
▼記紀神話…『日本書紀』で「もうりょう」と同義な「罔象」の文字が水神に対して用いられているのは、漢籍を通じての知識が反映されてのものぢゃ
▼罔両…「もうりょう」の用字としてはコチラも普通に用いられて来たもので『本草綱目』では「罔両」のほうが見出しの正字あつかいになっているのぢゃ