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むじな

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

むじな

貉・狢

「むじな」には、むじなについてのはなしや性質を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■うとうとして尾が飛びでた

石燕は、僧侶に化けていたものの居眠りをしているうちに人間のすがたから、モトの畜生のすがたに戻ってしまった「むじな」を描いています。お茶を立てるために囲炉裏[いろり]に自在鉤[じざいかぎ]をつかってかけた茶釜[ちゃがま]でお湯をわかしていた途中に、眠気がさしてしまったようです。

「南無阿弥陀仏」の字と蓮華の絵のある軸の掛かった壇のうえには、香炉や花瓶も飾られていて、絵の舞台が小さな庵室であることが知れます。座敷の脇には茶筅[ちゃせん]と茶碗も見られます。他にも、茶釜に水をくみいれた柄杓[ひしゃく]と手桶、囲炉裏に火を焚くための粗朶[そだ]もあり、小道具は多めです。

耳に数珠[じゅず]を掛けるのは、念仏を信仰するひとたちのあいだでもよくおこなわれてたことで、むかしの絵にも、信心深いお爺さん・お婆さんや、荒くれ者たちなどの装いとしてよく見かけられます。

■好睡善睡、よくむねる

『和漢三才図会』(巻38・獣類)では「むじな」は「貉」や「狢」の字が用いられており、『本草綱目』にある解説が引かれています。「其性好睡」とあり、特に「よくねむる」という性質はクローズアップされて紹介されています。なかには、よく眠るひとの眠り方を「狢睡」(かくすい)と呼んでいた、といったことも記載されています。

『書言字考節用集』(巻5・気形門)では「むじな」には「狢」の字が紹介されています。コチラでも割注のなかで『本草綱目』由来の解説がつけられており、「善睡」(よくねむる)という性質もシッカリ書かれています。

石燕が、居眠りをしている様子を構図に採っているのも、基本としては「たぬき」に対して「狸寝入り」などのことばが語られて来ているのと同様、「眠っている」という性質が「むじな」という存在自体に対して、書物の外でも語られることが普通に多かったからなものだと考えられます。

▼貉
「むじな」は、見ひらきにいっしょに描かれている「のぶすま」とは「へんげ」な動物の一対になっているようです。また、コチラはごはんを食べおわったあとの様子が描かれており「食後/食前」の対にもなっています。

填詞[かきいれ]がまったく存在していなかった『画図百鬼夜行』での「かわうそ」や「たぬき」などのときとは打って変わって、情報要素が足されているわけですが、基本は「絵」としてのつくりが先行しており、文字としての情報はそこから発展させて書き込まれたものであるようです。

▼貉の化ける事をさをさ狐[きつね]狸[たぬき]におとらず
「おさおさ」は「まったく」という意味。

きつね」や「たぬき」にも劣らないということを述べてます。実際のところ、江戸の近郊では「たぬき」のことを「むじな」と称する地域も入り組んで存在していますし、各地の檀林[だんりん]にも「きつね・たぬき・むじな」が人間のすがたに化けていた――といったようなはなしがゴロゴロあります。

▼ある辻堂に年ふるむじな 僧とばけて六時の勤[つとめ]おこたりざりしが
「絵」に即して、僧侶に化けていた「むじな」のはなしを填詞[かきいれ]でも展開されています。

「六時のつとめ」は念仏などのおつとめをおこなうこと。六時は「晨朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜」で昼夜を6つにわけたもの。

▼食後の一睡に われを忘れて尾を出[いだ]せり
ごはんのあと、チョットうとうとして眠ってしまったときに、しっぽがチョロっと出てしまい、「むじな」だと正体が露見してしまったというストーリーにしています。

各地の寺社や檀林に伝わる狐狸たちのはなしでも、眠っているときに正体がばれてしまうはなしは多く、そういうはなしが石燕の「絵」の下敷きになっていることはわかります。


up.2026.07.12

■貉…和漢三才図会
■狢…和漢三才図会、書言字考節用集




▼茶筅…粉茶とお湯をかきまぜてお茶をたてるための竹でつくった道具ぢゃ
▼よくむねる…実際は眠っているわけではなくて、周囲の音があまり聞こえないので「気づいて行動するのが遅い」ことを眠っていると表現しているのぢゃ――といったことも『和漢三才図会』などでは既に併記しているぞ
▼狢睡…『詩経』に出て来る動植物についてを勉強するための『毛詩名物図識』などにも見られるぞ。「狸寝入り」とはほぼおなじ意味だとされて来たのぢゃ。◆『和漢三才図会』(巻38・獣類)曰「人好睡者 謂之狢睡」◆『毛詩名物図識』(巻2「貉」)曰「今呉俗称 人嗜睡者 謂之貉睡」



▼檀林…僧侶たちが学問勉学をするための施設