狸
「たぬき」は、呼び名のみが絵に添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、月夜に「たぬき」が立ち上がって腹鼓[はらつづみ]を打っている様子を絵にしています。
化け術を使っている様子を使うまでもなく、「たぬき」独特の行動として描きやすいという点では、これ以上にピッタシの仕草のない、当時もよく知られていた「たぬきがやると考えられていた動作」だと言えます。
「ねこまた」や「きつねび」では複数体のおなじ動物を配置する描き方をとっていますが、「たぬき」では1体のみを画面に出演させています。
狩野家で先行して描かれて来た妖怪たちのデザインを並べている形式の絵巻物には、現時点では「たぬき」の存在している作品は確認されておらず、狩野系統とは別の流れから石燕が画題として持って来ていることがわかります。
まんまるい望月[もちづき]が画面の上部には描かれています。
ねずみ色の版をまぁるい白くぬいて、木版印刷ならではの描写方法でお月さまは表現されているわけですが、その夜空を示すねずみ色の版は、ぼかすような処理で刷られています。――このあたりが石燕が彫師・摺師たちに技を工夫してもらっている点で、他の絵でも空などにねずみ色の版を用いている際は、(手のかかっている摺りであればあるほど)キレイなぼかしが出ています。
石燕はまぁるい月の出た夜空の下に、草ぶき屋根のチョット鄙びた風情の建物を大道具に描いています。向かいには小さい土橋が架かってますので、ごみごみした街中ではないことは知れますが、柴垣[しばがき]のなかにある、両曜の窓のついた大きな石灯篭から考えると、離れ座敷や別荘・寮のような建物なのかも知れません。
月夜の様子をしみじみと感じさせる、景観づくりのための大道具の設定だと言えます。
寺島良安『和漢三才図会』(巻38・獣部)の「たぬき」の項でも「狸の腹鼓」については特徴的な行動として記載をしています。同書ではそれにつづいて、山家に侵入して囲炉裏の火で暖まっていると、そのうちに陰嚢が大きくなって、身体よりも大きくすることがある――といった「狸の睾玉」についての記載もありますが、コチラについては石燕は採用しなかったようです。
up.2026.05.18
■狸…和漢三才図会、書言字考節用集、百物語評判
▼化け術…むしろ「かわうそ」のほうで「人間のすがたに化ける」という化け術を絵に描いてしまったので、「きつね」にも「たぬき」にもそれ以外のことをさせたというのが、わかりやすい見方ぢゃ
▼石灯篭…「日」と「月」などの穴が石灯篭の火袋の部分に窓としてあいているのは、実際にある石灯篭の決まった型のひとつぢゃ。「日・月」(両曜)や「日・月・星」(三光)をかたどった穴はよく配されるぞ
▼摺り…基本的には初摺りに近い版本ほどキレイに、後摺りであればあるほど手が抜かれて雑になるぞ。なかには墨で摺る基本の版以外の色板(百鬼夜行の4作品であれば、ねずみ色の版や朱赤の版)そのものを省略することもあるのぢゃ
▼腹鼓…◆『和漢三才図会』(巻38)曰「鼓腹自楽 謂之狸腹鼓」
▼陰嚢…◆『和漢三才図会』(巻38)曰「陰嚢垂延広大 於身也」
▼きつね…◆『百物語評判』(巻2)曰「狸も狐のごとくに奇妙なるもの事はなけれども ばくる事はおさおさおとらず 人を害するわざかへってふかし」