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ねこまた

鳥山石燕百石乳|画図百鬼夜行

ねこまた

猫また・猫魔

「ねこまた」は、呼び名のみが絵に添えられています。

まえへつぎへ

■ねこまた達の踊り

石燕は、1体の「ねこまた」と2体の「ねこ」が建物の縁側[えんがわ]で踊っている様子を描いています。外にいる2体は、あたまに手拭[てぬぐい]をかぶっており、1体は障子[しょうじ]の紙をやぶいて顔をのぞかせています。

立派に「ねこまた」しているのは中央にいる1体で、尾はふたまたに割れています。俗に「尾がふたまたに分かれている」というのが「ねこまた」の特徴であるとされており、石燕も尾をその様式で描いています。肉筆絵巻(ボストン美術館)でも、この3体を石燕は描いており、それぞれに藍の絞りと豆絞り、赤い手拭を頭にかぶせています。

■手拭はちょうだいした

縁側には、屋内にあがるときに手をすすぐための唐銅[からかね]で出来た竜之口形の手水鉢[ちょうずばち]があり、その上には手拭を掛けておくための輪が下がっています。しかし、輪のみで手拭は掛かっていません。
つまり、その輪こ掛けてあった手拭を、サッといただいて「ねこまた」がかぶっている――という動作の流れが、連想しやすい絵づくりになっているわけです。

竜之口形の唐銅の手水鉢は、書院造りの座敷や寺院に設けられることの多かったもので、萩[はぎ]の花と共に描き添えられている高麗袖垣とあわせると、それなりに立派なつくりの屋敷や寺の縁先であることがうかがえる大道具小道具です。

■ねこまたの用字

石燕は目録で「ねこまた」、絵では「猫また」という表記を用いていますので、「また」の側に関する文字は用いていません。

『徒然草』の89段を通じて「ねこまた」は山に出没するもので、人間を食べる、という情報は広く知られていましたが、「猫」が年を経て「猫また」になるという書かれ方をしているため、もともと「また」の側には文字が、あて字として「股」や「又」があてられる以外、決まった漢字があるわけではなかったので、石燕の書き方は「こだま」や「やまびこ」にくらべると、作意ない書き方だと言えます。

『書言字考節用集』(巻5・気形門)では「猫魔」という文字を「ねこまた」にあてています。高階楊順『徒然草句解』(1661)の註(巻3・九十一)や高田宗賢『徒然草大全』(1677)の註(巻上5・八十九)やなどでは大陸で語られる「金花猫」[きんかみょう・きんかびょう]などのはなしも並べて記載しています。このような流れがあることから、「猫魔」や「金花猫」「金華猫」が「ねこまた」の用字としては使われることが多ったようです。

■狩野系統絵巻でのねこまた

狩野家で描かれて来た妖怪絵巻物にも、「ねこまた」は描かれていますが、石燕の「ねこまた」とはまったく異なるデザインで、綺麗な着物を着て、髪を「かぶろ」にしている猫が三味線を弾いているすがたで描かれます。背景としては草の生えた原っぱや、牡丹の咲いている垣根などが添えられていることが多いです。

明らかに別のデザイン・構図の絵を描いているという点では「いぬがみ」での衣裳が異なるダケの違いとは、作画までの構図づくりの工程などが「絵巻物に基づいたもの」とは桁違いに異なっている事実を知れます。

石燕の弟子のひとり、恋川春町は絵も文もドチラもやる人物で、化け猫を描いた錦絵(明確な題名はなく『化猫の図』や『猫化の図』と称されます)を1769年に出していますが、ソチラは手拭をあたまにかぶり、人間の女の着物に身をつつんで舌を出す猫のすがたを描いています。

▼猫また
同じ見ひらきにいる「いぬがみ」とは、猫と犬という「へんげ動物同士」の繋がりで、対になっていると考えられます。山岡元隣『百物語評判』(1686)では巻3に「ねこまた」のはなしが載っており、「きつね」(巻2)「たぬき」(巻2)「いぬがみ」(巻1)「かまいたち」(巻1)「かわうそ」(巻4)なども見られ、『画図百鬼夜行』の最初のほうで描かれているものたちは割りかし、ご近所ではあります。


up.2026.05.16

■猫また…徒然草
■猫魔…書言字考節用集・百物語評判




▼ねこ…障子の紙をやぶって顔をのぞかせている猫は尾が確かめられぬので「ねこまた」ではないという完璧な確証は実はないぞ
▼ふたまた…古い時代のものには、「ねこまた」が特に「ふたまたであること」は条件として語られてはないぞ。「ねこまた」という存在自体が既に魔性や怪獣みたいな存在としてあつかわれておったのぢゃ。
▼手水鉢…この手のかたちの書院向けの手水鉢は、『築山庭造伝』などに「竜之口」[たつのくち]という種類名描かれてるぞ。石燕の絵にあるものは、玉を前脚で踏んだ獅子の飾りが蓋にある。下のほうにある竜の細工がしてある箇所から、水が出る仕掛けだぞ
▼萩…紀伊国亭むじな曰く「萩かな? 秋だね…」(2026年5月16日の観察めも絵)とあるように、景観に季節を入れ込んでおる部分ぢゃ
▼金花猫…◆高階楊順『徒然草句解』(巻3)曰「金花猫は黄なる猫也 ばけて婦女ををかして煩をなす其雄猫にをかされたるは雄をころして是を治し 雌猫にをかされたるは雌をとらへて是を治すといふ事 続耳談 月令広義などいふ書に見へたり」
▼恋川春町…舌を出した化け猫の錦絵は春町の初期の作品で、署名に「乙酉秋八月初旬 馬埒道拍掌散人 笑工」とあり「春町」の印を捺してあるぞ。『日本版画美術全集』3(1961)では「猫化」の題で写真図版があるのぢゃ。