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かまいたち

鳥山石燕百石乳|画図百鬼夜行

かまいたち

窮奇・鎌鼬

「かまいたち」は、呼び名のみが絵に添えられています。

まえへつぎへ

■旋風と共に出て来ます

石燕は、ぐるぐると木々の葉っぱを巻き上げる旋風[つむじかぜ]のなかに「かまいたち」を描いています。前肢の両方がするどい鎌のようになったデザインになっています。

旋風にはねずみ色の版をうまく用いていて、風を表現しています。葉っぱの部分にみられる、ねずみ色の置かれる位置のズレは、版木の見当そのものにズレがあるらしく、どの摺りでも葉っぱの線の内側にはピッタリ入っておらず、ズレているようです。

狩野家で先行して描かれて来た妖怪たちのデザインを並べている形式の絵巻物には、現時点では「かまいたち」の存在している作品は確認されておらず、狩野系統とは別の流れから石燕が画題として持って来ていることがわかります。

■きゅうき=北の風

石燕が用いている「窮奇」という用字は、しばしば字書で「かまいたち」にあてられている漢語です。『書言字考節用集』(巻1・乾坤門上)などでも「かまいたち」にはコレが用いられています。

寺島良安『和漢三才図会』では「颶」(巻3・天象類)の項のなかに色々な風に関する日本の伝承は解説されていて、「かまえたち」(鎌閉多知)という呼び方で記載されており、北の寒くて陰毒の強い地方に多い、悪い気に由来する風だということが示されています。

窮奇[きゅうき]というのは、本来は大陸に伝わる悪い鬼神で、『淮南子』(地形訓)では「窮奇」は北から吹く「広莫風」[こうばくふう]を生じさせる神――としており、「風」に関連して語られることから「かまいたち」に結びつけられて「あてよみ」されているダケのものではあります。
窮奇という名前は、『山海経』にも複数あり、「西山経」では牛[うし]のようで蝟[はりねずみ]のような毛、「海内北経」では虎[とら]のようで翼がある――とそれぞれ別の存在だと見られます。どちらも人間を食べて害する存在だとされていますが、こちらでは「風」と結びつけている例はありません。

「かまいたち」と北の地を結びつけている例は、山岡元隣『百物語評判』(巻1)にも見られ、北には粛殺の気があつまりやすく、鬼魅たちがはげしい風と共に起こしているのが「かまいたち」だ――と元隣は理屈づけています。

▼窮奇
同じ見ひらきにいる「あみきり」とは、「何かを切る同士」だと言えそうです。

「かまいたち」は、強い風を受けた人間が、足などに鎌で切ったような傷を受けるというもので、傷は出来るが血が出ない――などと語られることが多いです。『和漢三才図会』(巻3・天象部)では大根の汁をつけると治りやすいという情報を書いています。

山岡元隣『百物語評判』(1686)は、ほかにも「かわうそ」(巻4)、「ねこまた」(巻3)「きつね」(巻2)「たぬき」(巻2)「いぬがみ」(巻1)なども見られ、『画図百鬼夜行』の最初のほうで描かれているものたちは割りかし、ご近所ではあります。


up.2026.05.18

■窮奇…書言字考節用集
■鎌鼬…書言字考節用集



▼鎌鼬…『書言字考節用集』では「鎌鼬」の字には「俗字」という割注がつけられておるぞ
▼颶…「うみのおおかぜ」と訓むのぢゃ
▼日本の伝承…『和漢三才図会』の「颶」の項には他に「一目連」や「鎌風」「悪禅師の風」も載っているのぢゃ。石燕がこれらを描くのも当時から可能だったわけだぞ
▼陰毒…北の方角は「陰」の方角、乾(西北)の方角は「純陰」の方角だとされるぞ
▼淮南子…◆『淮南子』(地形訓)曰「窮奇 広莫風之所生也」
▼広莫風…『淮南子』の該当箇所では各方角からの風(八風)を吹かせる神々を列挙してるぞ。広莫風は「北」と「冬至」に属していて「寒風」や「大剛風」(『黄帝内経』)とも称されるぞ。◆菊池晩香『淮南子国字解』(天文訓・八風)曰「広莫風は冬至の風なり」
▼北の地…「かっぱ」や「やまわらわ」が西海の九州に多くあるものだと語られるのと同様、「かまいたち」たちが北の地に結びつけられやすいのは、都から離れた土地のほうがふしぎなことが多い――という認識に基づいているダケな要素が濃いぞ。◆『百物語評判』(巻1)曰「越後信濃は北国の果[はて]なれば 粛殺の気あつまり 風はげしく気 冷[すさま]じきをかりて 山谷[やまたに]の鬼魅[きみ]などのなすわざなるべし」
▼鬼魅…山岡元隣のいうところの「妖怪」ぢゃ。深山幽谷の「陰」の気たちが集まって生じるもので「おに」や「てんぐ」も鬼魅だとしておるぞ。石燕はこの理屈については、ほぼ用いておらぬようぢゃが、単に『画図百鬼夜行』に填詞がない結果、そうなっておるダケでもあるぞ
▼粛殺の気…天地の草木を枯らせ風や霜を生み出す、秋から冬に向かう気ぢゃ