獺・水獺・水狗
「かわうそ」は、呼び名のみが絵に添えられています。
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石燕は、手持ちの樽[たる]と提灯[ちょうちん]を持ち、大きな笠[かさ]をかぶって、藁縄[わらなわ]を帯にして着物をまとい、人間に化けかけている「かわうそ」を描いています。目的地は人間たちの利用するお店で、お買い物に行く途中の様子を描いた絵になっています。
笠のなかには人間のような黒い頭髪がありますが、手足はまだ毛だらけ、尾も着物の裾[すそ]からまるだしで、「化けかけ」な様子を表現しているようです。
狩野家で描かれて来た絵巻物には「かわうそ」は存在しておらず、狩野系統とは別の流れから石燕が画題として持って来ていることがわかります。
石燕は「かわうそ」という発音を本文にも目録にも用いていますが、『書言字考節用集』や『百物語評判』など先行する版本では「かわおそ」という発音が用いられてることのほうが頻度は高いようです。
寺島良安『和漢三才図会』(巻38・獣類)では「かわうそ」の発音をとっていますが、「水狗」という用字のほうがメインになっており、この用字も字書などでは広く用いられていました。
画面には大道具として、酒屋さんの戸口が描かれています。なぜに酒屋さんだとわかるかというと、おもてにぶらさげてある杉の枝を束ねてしばったもの(酒林の形態のひとつ)が酒屋を示す看板だからです。
実際、画面に描かれた小道具としても、戸の前には徳利[とっくり]や柄杓[ひしゃく]、水桶[みずおけ]なども並べてられており、「かわうそ」が酒屋さんにお使いに来た様子が描かれています。
石燕は『絵事比肩』の「一休」の絵にも、酔っぱらって酒樽をまくらにして眠り惚けている「一休」の背景に大道具として酒屋の戸口と、杉の枝をしばってある同形の「酒林」の看板を描き込んでいます。
「かわうそ」がお酒を買いに行っている様子を描いているわけですが、大陸から伝わった『淮南子』の「説林訓」のりなかにある文章の解釈を通して知られていた当時の禽獣についての知識のなかには――「熊[くま]は塩を食べると死ぬ、獺[かわうそ]は酒を飲むと斃れる」ということがらがありました。
『訓蒙故事要言』(巻8)には「熊に塩を食[かふ]ときはたちまち死する也 獺[かはをそ・いたち]には酒を飲[のま]すれば則死する也」と見えます。『和漢三才図会』(巻38・獣類)などでもこの内容は広く読まれていましたから、このような「かわうそにお酒を飲ませるのは……」という知識を踏まえた場合、飲むと「かわうそ」は大変なことになってしまうのかも知れませんし、前後不覚になるほど大いに酔っぱらう様子を想像させたのかも知れません。べろんべろん。
▼獺
同じ見ひらきにいる「かっぱ」とは、「水に住むもの同士」の繋がりで、対になっていると言えます。山岡元隣『百物語評判』(1686)では巻4の「がわたろう」(河太郎)のはなしのなかに「かわうそ」のはなしが載っており、世間でも似たようなものと見られていたことがわかります。ほかにも、同書では「ねこまた」(巻3)「きつね」(巻2)「たぬき」(巻2)「いぬがみ」(巻1)「かまいたち」(巻1)なども見られ、『画図百鬼夜行』の最初のほうで描かれているものたちは割りかし、ご近所ではあります。
『百物語評判』では、「がわたろう」は「かわおそ」の年を経たものだ――ということが述べられてて、その頃から近しい存在だと表現されることがあったことが知れます。いっぽう、石燕の「かっぱ」には明確に「甲羅」がついていますから、複数のイメージが重なりあっていることもわかります。
up.2026.05.17
■獺…百物語評判、書言字考節用集
■水獺…和漢三才図会
■水狗…和漢三才図会、書言字考節用集
▼お買い物…「たぬき」や「かっぱ」の画題としても多く描かれるものぢゃ
▼着物…ところどころに「絞り模様」や松などの「紋」が散らして入っており描写がこまかいがぼろぼろな衣服ぢゃ
▼かわおそ…獺の字は「かわおそ」「おそ」と発音されることも多かったぞ。『百物語評判』や『書言字考節用集』でも基本は「かわおそ」ぢゃ
▼水狗…鳥の「かわせみ」の異名にも「魚狗」や「水狗」というものがあり、『和漢三才図会』にも載っているので、混同を避けて「獺」のほうを採ったとも言えるぞ
▼杉…酒林には「杉」が素材として用いられるぞ。杉は酒と縁が深いとして古くから使われて来たようぢゃが看板としての精確な由来はわからぬぞ。葉っぱをまるく束ねた「杉玉」も有名ぢゃ
▼酒林…坪井正五郎『看板考』にも酒屋さんの看板についてはいろいろと図が集められているので眺めてみるとよいぞ
▼一休…『絵事比肩』は和漢の画題を「対」にするのが主題で、「一休」は「布袋」と対として描かれているぞ
▼淮南子…◆『淮南子』(説林訓)曰「愛熊而食之塩 愛獺而飲之酒 雖欲養之非其道」◆菊池晩香『淮南子国字解』曰「塩と酒とは、熊と獺とに害有り、熊を愛して之に塩を食はしめ、獺を愛して之に酒を飲しむ、是熊獺を養はんと欲すと雖も、其の道に非ず」