幽谷響・空谷響・山彦・空神
「やまびこ」は、呼び名のみが絵に添えられています。「幽谷響」という用字で「やまびこ」と訓ませています。
まえへ|つぎへ狩野家で描かれて来た妖怪絵巻物には、「やまびこ」は「山びこ」などの表記で描かれており、石燕の「やまびこ」も、そのデザインを用いて描かれています。
しかし、狩野家の絵巻物は妖怪のデザインのみで背景の存在しない例がほとんどです。ですので石燕は深山幽谷の景観を大道具として描いて、「やまびこ」の「絵」の背景にしています。木と水の流れのある山のひときわ高い巌上に、「やまびこ」はちょこんと坐っています。
両手を左右にひろげ、肘をまげて、てのひらを少し持ち上げたすがたをしています。しかし、てのひら自体は上にあげてはおらず、指先を垂れ下げています。両手の姿勢としては「ひょうすべ」とおなじものです。
狩野系統の絵巻物の「やまびこ」もすべて基本はこの姿勢をとっていますが、指のかたちは描かれていないことが多いです。石燕の絵も、指ではなく毛を表現したダケなのかも知れません。しかし、『浄土双六』に描かれた「やまびこ」は獣のような指が描き込まれています。どちらのほうが基本デザインに近いと考えるべきなのでしょうか。この点も案外、深い深い谷なのです。
「幽谷響」という用字は漢語からのもので、漢詩や仏典、『書言字考節用集』をはじめとした節用集などにも一般的に「こだま」などの訓みをつけている事例を見ることが出来る用例です。ですので、そこまで特殊・独特な用字ではなく、石燕はそのような普通の経路で選択をしたものだとみられます。
ほかに近世の節用集の類には「空神」や「木魅」や「樹神」や「谺」などの用字も、「やまびこ」の意味の「こだま」として掲載していることが多いです。
▼幽谷響
「やまびこ」は「こだま」と重なって用いられることの多いことばです。「てんぐこだま」という『源氏物語』にあることばをおそらく想定して「てんぐ」が「こだま」の次に配列されているのとおなじく、見ひらきの対として「やまびこ」があるのも理解のしやすいところだと言えるでしょう。
(2026.05.15)――
能『山姥』にも「一洞[いっとう]空しき谷の声。梢[こずえ]に響く山彦の」という詞章のなかで「やまびこ」の名前が出て来ます。狩野系統の絵巻物に描かれている「やまびこ」や「やまうば」が足利時代からよく知られて来たものを画題にしていることが知れます。
『徒然草』の235段にある「こだまなどいふけしからぬかたちもあらはるる物なり」という箇所の註にも、しばしば「こだま」と「やまびこ」についての説明は登場しており、どういう存在なのかについての解釈はお勉強のための読書をする人々には見聞きされる機会が多かったようです。
高階楊順『徒然草句解』(1661)の註(巻7・百一)には「こだま」にあたる語として罔象・木神・樹神・木魅を挙げて「すべてばけ物也」、おなじく「こだま」として山彦・空谷響を挙げて「ばけ物にあらず」と説明をしています。区別がよくわかりませんが、「山彦」にも「こだま」の訓みがあてられていて、「こだま」と「やまびこ」が同義あるいは曖昧に用いられていたこともよく知れます。
高田宗賢『徒然草大全』(1677)の註(巻下6・百)には「こだま」にあたる語としてコチラも罔象・木魅・樹神・山彦・空谷響を挙げて「かやうの文字は其所にしたがひてかはれども 惣じてその形なくて声をなす響[ひびき]を云也 化生妖怪[ようくはい]といひてもくるしからず 爰にては空堂[くうどう]などの人のすまぬ所に やなりと俗にいふ響[ひびき]あるをいふなり」と「こだま」の解説のなかで屋内のものとして「やなり」についても混ぜて述べています。
石燕が参考書目の1冊だったと考えられている山岡元隣『百物語評判』(1686)の「こだま」(巻1)のはなしでも、山や建物で人間の声に応じて響いてくる音を示す「こだま」に「空谷響」という表記が用いられていますし、「山彦」という用字や「樹神」(草木の精)としての「こだま」も同時に言及されています。「空谷響」のみがコチラでは見られますが、『百物語評判』の本文には「深山幽谷」(しんざんゆうこく・みやまふかきたに)という表現は多めに登場します。これは妖怪たちは都や街には少なく、遠国や深山に多いという理論を山岡元隣は用いていたせいでもあります。
up.2026.05.14
■幽谷響…書言字考節用集
■空谷響…徒然草大全、百物語評判
■山彦…(能)『山姥』、徒然草句解
■空神…書言字考節用集
▼狩野系統…佐脇嵩之『百怪図巻』(1737)をはじめとした絵巻物での「やまびこ」の手足をよくみてみることぢゃ。丹青のゆきとどいた作品でも指が想定されていないことのほうが多いぞ
▼漢詩…◆『百二十詠』(鴬)「芳樹雑花紅 群鴬乱暁空 声分析楊吹 韻嬌落梅風 写囀清弦裏 還喬暗木中 友生若可冀 幽谷響還通」
▼仏典…◆『出生菩提心経』曰「如幽谷響谷空無声」
▼幽谷響…◆『書言字考節用集』(巻1・乾坤門上)曰「幽谷響[こだま]」◆山東京伝『双蝶記』(巻1)曰「かくて東西の山々に吹立つる揚貝の音[こゑ]幽谷響[こだま]に響き手すざましく」
▼『徒然草』253段は、「ぬしある家にはすずろなる人心のままに入くる事なし」ではじまるぞ。あるじのない家に勝手に入るとへんなものが出て来ることがあるのでよくないぞとしているはなしぢゃ。「きつね」や「ふくろう」のあとに「けしからぬかたち」という表現で「こだま」たちも出没するものだとつづられておるのぢゃ
▼空谷響…◆『百物語評判』(巻1)曰「こだまと申す物は山谷あるひは堂塔などにて人の声に応じて響く物を申せりされば文字には空谷響[むなしきたにのひびき]と書きてこだまとよめり又 樹神[うへきのたましゐ]と書き候はばいかさまにも化物の類または草木の精にも候ふやらん」
▼参考書目…太刀川清『続百物語怪談集成』(1993)の『百物語評判』の解題でも――「この知識人の怪説の多くが、のちの鳥山石燕の『百鬼夜行』に採られるなど、怪談の理論的根拠として今後長く世間に行われたことは確かである」とあるぞ