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じゃみ

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

じゃみ

邪魅

「じゃみ」には、邪魅は魑魅みたいなものだという填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■風のなかに悪しきすがた

石燕は、ねずみ色の版を白ぬきにしてあらわした風のなかに、半身ダケを見せて飛び出しているすがたで「じゃみ」を描いています。かたちとしては『春秋左氏伝』の「ちみ」(魑魅)の説明に出て来る描写を用いたのか、獣のようなかたちで描かれていています。

大道具としては、風に吹きあおられている柳[やなぎ]や笹[ささ]などが添えられており、画面の右上から左下にかけて、画面に動きが出るようになっています。

■魑魅ではなくてなぜか邪魅

石燕は、普通であれば「もうりょう」といっしょに描かれそうな「ちみ」(魑魅)を意識的に描いていないわけですが、実際のところ「じゃみ」として描いている「絵」そのものはほぼ「ちみ」であると言えます。

このあたりのふしぎな捻転は、「もうりょう」とは異なり「ちみ」が『和漢三才図会』(巻40・怪類)に独立した項として掲載されておらず、挿絵の存在もないことが、大きな理由になっていると言えそうです。

『書言字考節用集』(巻5・気形門)で「魑魅」は「すだま」の字として掲載されています。

■邪魅はむしろ魑魅より大きい

「邪魅妖怪」や「邪魅鬼神」などの熟語は、「妖怪変化」や「魑魅魍魎」のように、妖怪たちをひろくさすことばとして用いられてました。また『神仙伝』や『本草綱目』、『剪灯新話』をはじめ、いろいろな分野の書物でも悪気のような「わるいもの」を漠然と示すことばとして登場します。実用書の類でもおまじないや食品・薬草などの効能として「辟邪魅」や「邪魅をしりぞく」などのことばも数多く使われており、目にする機会は多かった熟語だと言えます。

若林強斎(1679‐1732)が各種の礼法について書いた『家礼訓蒙疏』(巻2・喪礼)には「人 死する時 或は邪魅の感ずる事あるものゆゑ 間隙をふさぎ猫[ねこ]鼬[いたち]等をふせぎ 死者の側に刀剣を置可[おくべき]也」――とあり、「かしゃ」のような魔物に対しても、「邪魅」ということばはあてられています。

『奇異雜談集』(巻6)では「邪魅」に「ばけもの」という傍訓が見られます。

岡本一抱『広益本草大成』(1698)では「象牙」(巻22)の解説部分にある「邪魅」に「つきもの」の傍訓があり、象牙に邪魅(つきもの)を祓う効果があるとしています。『雑字類編』(1786)でも、「つきもの」(巻3)の用字のひとつに「邪魅」も挙げられています。

仏書にも、「邪魅魍魎」(『不空羂索神呪心経』)「魍魎雑魔邪魅」(『仏説六字神呪王経』)などをはじめ、「邪魅」の組み込まれた表現はありふれて見られたようです。また、おみくじについての版本として知られる『元三大師 百籤』には「元三大師」[がんざんだいし]が「邪魅魍霊」[じゃみもうりょう]を辟[さけ]るといった文言が書かれている版も確認出来ます。

乳井貢『志学幼弁』(1764)の「武芸」(巻3)にも「古[いにしへ]陸奥守源義家は弦音三たびして邪魅を除き 堀川院の御悩平癒ましまし 兵庫頭源頼り政は雲中の怪鳥を射て近衛帝の御不余を除き 隠岐の広有は御殿の妖鳥を射て醍醐帝の御不例を除くの属[たぐ]ひ」――とあり、弓矢のちからで「わるいもの」を祓った源義家[みなもとのよしいえ]のはなしとの組み合わせも見られたようです。

――つまり、「邪魅」というのは具体的な固有種の呼び名というよりも、汎用な一般のことばにあたります。「魑魅魍魎」がほとんど「妖怪の全体」を示しているのとおなじように、かなり大きな寸法で「魔物」や「妖怪」たちをくくっていることばであることが知れます。

▼邪魅
「じゃみ」は、見ひらきにいっしょに描かれている「もうりょう」とは「魑魅魍魎・邪魅魍霊」な対の関係として描かれているようです。

▼邪魅は魑魅の類[たぐひ]なり
「じゃみ」が結局のところ「ちみ」とほぼおなじ存在として「絵」に描かれていることを填詞[かきいれ]でもハッキリ示していると受け取ることもココで可能です。

▼妖邪[ようじゃ]の悪気[あくき]なるべし
「わるいもの」な悪気としての「邪魅」についても簡素ながらキチンと述べています。「魑魅」は山林の「異気」から生じると『春秋左氏伝』の註などで示されることがあります。

「妖邪」も「邪魅」とおなじような汎用な使われ方をしていることばで、「妖邪魑魅魍魎」(『法句譬喩経』)や「変化妖邪」(『伽婢子』)といった連語も見られます。

ここで石燕が「ちみ」として絵を描かなかったのは、結果的に「ちみ/もうりょう」がセットで描かれつづけることを現代の側に発生させづらくしてしまった大きな要因になってしまってもいます。いっぽう、具体的なデザインが付与されてしまったことで、本来は「ちみ」なデザインでしかない「じゃみ」の絵が「邪魅」全体のイメージになってしまい、本来の「邪魅」の側が、特に固定イメージを持たない汎用な存在として描かれなくなってしまう問題もソコには含んでいます。


up.2026.07.11

■邪魅…神仙伝、本草綱目、和漢三才図会、剪灯新話




▼獣のかたち…『春秋左氏伝』の註などには「山神獣形」などとあるのぢゃ。「如虎」ともされており虎[とら]のようなかたちだと言及されることが多いぞ。◆加藤正庵『春秋左氏伝国字弁』曰「山神獣形 魅は怪物 罔両は水神」
▼おまじない…『抱朴子』(巻17)では山中を行くときは、大きな鏡を掛けていれば山のなかで人間に化けて危害を加えてくる「鳥獣邪魅」も正体をすぐに映してくれると述べているのぢゃ。『和漢三才図会』(巻25・容飾具)の「かがみ」の項でも、鏡が魔物や妖怪を祓うちからを解説する箇所で『五雑俎』を引いて「辟邪魅」(じゃみをさくる)などとあるぞ
▼和漢三才図会…『和漢三才図会』(巻40・怪類)では「もうりょう」の項の最後のほうに、魍魎を水神・魑魅を山神にあてているという説明にダケ「ちみ」は言及されているのぢゃ。◆『和漢三才図会』(巻40・怪類「魍魎」)曰「日本記 亦以為水神 魑魅以為山神」
▼源頼政…『平家物語』(巻4)『源平盛衰記』(巻16)などにある「ぬえ」を退治した武士ぢゃ
▼隠岐の広有…『太平記』(巻12)にある「いつまで」を退治した隠岐広有のことぢゃ



▼妖邪…◆『狗張子』(巻6)曰「徳[とく]自ら備はるを以て妖邪おかさず」◆『玉箒木』(巻4)曰「これ皆[みな]妖邪のなすわざなりとて 薬治祈祷かずかずつくしけれども いささかしるしなし」
▼変化妖邪…◆『伽婢子』(巻10)曰「忽ちに変化妖邪の禍[わざはひ]を為[な]し 猥[みだ]りに人の神魂[しんこん]を銷[け]さしむ」