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ぶるぶる

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

ぶるぶる

震々

「ぶるぶる」には、こわいいときに感じる感情についての填詞[かきいれ]が添えられています。

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■筆の線もぶるぶるぶるぶる

石燕は、「ゆうれい」や「しりょう」のような真っ白い着物をきて髪の毛のながい人間のかたちで「ぶるぶる」を描いています。「ぶるぶる」をかたどっている描線はすべてぶるぶる震えているような線で描かれており、名は体をあらわすような特徴ある描写です。

画面内には、鍬[くわ]や鋤[すき]が転がっており、その脇には縄を掛けて根っこからまるごと引っこ抜いた木が1本描き込まれています。「ぶるぶる」は地中からわき出て来ているように描かれていますが、舞台設定があまりハッキリせず、「庭」であるのか「畑」であるのか、あるいは「山・荒地」や「塚・墓」であるのかについては確定しづらい状態です。

■臆病神は身近にいるぞ

石燕が「ぶるぶる」の基本的な性質に用いている「臆病神」[おくびょうがみ]ということばは『太平記』をはじめとした軍談などを通じてかなり浸透していたことばですので、特にどれが石燕の発想の起点になっているのかというところはハッキリしません。

「臆病神の著[つき]たる人程 見苦しき者はなし」(『参考太平記』巻29)
「臆病神の付たる大勢に引立られ」(『参考太平記』巻15)
「臆病神の醒めぬ先に続て攻る物ならば」(『参考太平記』巻8)
「臆病神の醒ぬ先に 桃井馳向て」(『参考太平記』巻19)
「臆病神の付たる人に何事を申共 迚[とて]も埒[らち]明[あき]申まじ」(『隠顕曽我物語』)
「臆病神に誘[さそは]れ覚[おぼへ]ず二三町引[ひき]ければ」(『前々太平記』巻6)
「驚破[すはや] 敵には臆病神が付たるぞ」(『前太平記』巻24)
「臆病神に誘道[さそはれ]て漸次[しだい]々々に聞伝[ききつたへ]」(増補難波戦記』)
「臆病神に誘引[さそはれ]つつ哄[どっ]と崩れて敗走せり」(『参考天草軍記』)

臆病神の作用によって「おじけづいてしまう」状態の人間に対しては、おもに「臆病神がとりつく」、「臆病神にさそわれる」という表現が用いられており、それを克服して勇気を奮うことは「臆病神からさめる」と表現させれてたようです。

軍談は、もれなく浄瑠璃や歌舞伎の物語の種になっていますから、モチロンお芝居でも同様に用いられていることは当然の展開です。おもに浄瑠璃のものを並べてみても、次のような具合にいろいろです。

「あくまもひしぐ素戔嗚尊 臆病神にひかされ道より逃[にげ]て帰りしと」(近松門左衛門『日本振袖始』)
「予[かね]て左様の逃[にげ]用意 臆病神の末社殿[まっしゃどの]」(近松門左衛門『最明寺殿百人上臈』)
「おく病神に眼もくらみ二人を千騎万騎と見て」(近松門左衛門『吉野都女楠』)
「父はいつの間にか臆病神がついたるぞ」(近松門左衛門『本朝三国志』)
「疫病の神も祟らぬは 是がほんとの臆病神」(『蘆屋道満大内鑑』)
「臆病神の誘ひてや 駒の頭[かしら]を引きかへし」〈『一谷嫩軍記』〉
「いつの間にその様な臆病神は付いたるぞ エェ情[なさけ]なや口惜しや」〈『近江源次先陣館』)
「上杉が恐ろしいか 臆病神が取付いたか 卑怯至極」(『伊賀越道中双六』)
「挨拶せんも最善の擬勢[ぎせい]に怖[おそ]れし臆病神」〈『三井寺開帳』〉

▼震々
「ぶるぶる」は、見ひらきにいっしょに描かれている「がいこつ」とは「おそろしいもの」つながりで対になっているようです。「ぶるぶる」のデザインの土台となっている画像要素がほとんど「ゆうれい」や「しりょう」のかたちとしておなじみなものからの流用なのも、そういう点でうなづけます。

▼ぶるぶる また ぞぞ神 とも 臆病神 ともいふ
要するに、ことばとしてよく知られている「ぞぞがみ」や「おくびょうがみ」を画像妖怪としてデザインしたものが「ぶるぶる」であるということです。

「ぞぞがみ」は、人間をぞくぞくさせるとされる神様で、『東海道名所記』(巻6)の「ほめそやせば いつとなく ぞぞ神[がみ]立てつづけてゆく」――という文章に出て来るのが古い例としてよく知られているほか、「おくびょうがみ」とおなじく、浄瑠璃などにも「ぞぞがみがたつ」という言い回でコチラも数多く見受けられます。

「ヤレヤレこはや恐ろしと ぞぞ神立て立出れば」(『本朝廿四考』)
「紅花の舌をひらひらとはみ出す頬[つら]つき さしもの幡楽ぞぞ髪たち」(『傾城島原蛙合戦』)
「備へし髑髏を見て恟[びっく]り どこやら ぞぞがみ立[たち]退[のき]しが」(『卅三間堂棟木由来』)
「磔[はりつけ]と聞[きく]も ぞぞがみ 嫌[いや]や嫌や」(『博多小女郎波枕』)
「見せたが因果 ぞぞがみの立程ほしく」(『梅野由兵衛』)

17〜18世紀ごろには、この手の「神」とつく存在が、人間によりついて感情や身の上に左右することを、いろいろとことばの上で表現することが多くあったようです。

▼人 おそるる事あれば 身 戦栗[せんりつ]して ぞっとする事あり
「ぞぞがみ」は「ぞぞ髪」とも書かれることは多く、近しい表現には「怖毛立[おぞげだつ]」などのことばも見られ、「身の毛が立つ」などとも共通しています。

▼これ此神の ゑりもとにつきし也
「ぞぞがみ」や「おぞげ」が立つということばたちは、大抵が襟[えり]のあたり、つまり背筋[せすじ]が、ぞくっとすることをひ表現しているわけですから、石燕の填詞[かきいれ]のこの部分は「ぶるぶる」の性質などを述べているというより「ぞぞがみ」のことを改めて言っているに過ぎません。


up.2026.07.15

■震々




▼幽霊や死霊のようなかたち…「こわいもの」というものを示すための形状として選択されていると見られるのぢゃ。幽霊の画像要素のように腰からしたは、にゅーっとのびており「足」の存在は描かれていないが、足がないのか、出て来る途中なのでまだ足が未登場なのかについては、誰もわからぬぞ
▼木…『太平記』(巻29)の「松岡城周章事」にある臆病神という単語の出て来る箇所では、落ち延びようとする者たちが、破れ「みの」をまとって漁師に、竹の「あじか」を背負って草刈に、それぞれまぎれて逃げたというはなしが出て来るのぢゃが、ここの「草刈男」たちととも、この木などの描写はあまり合致せぬようだぞ。◆『参考太平記』(巻29)曰「或は海人に紛れて破れたる蓑[みの]を身に纏ひ 福良渡 淡路瀬戸を船にて落る人もあり 或は草刈男にやつれつつ竹の簣[あじか]を肩に懸[かけ] 須磨の上野 生田奥へ 跣にて逃る人もあり 運の傾く癖なれ共 臆病神の著[つき]たる人程 見苦しき者はなし」
▼似たにことばには「臆病風」[おくびょうかぜ]というものもあって、こちらも「誘われる」または「吹かれる・引かされる」ことで「臆病神」と同様な作用を人間にもたらすものぢゃ。◆『絵本呉越軍談』曰「士卒みな臆病風に誘[さそはれ]て物の用に立[たち]べくもあらず」◆『一谷嫩軍記』曰「花に嵐の臆病風 ちりぢりにこそ別れ行く」◆『伊賀越道中双六』曰「林左衛門[りんざゑもん]と仕合をすすむれども辞退するは臆病風に引かされた大腰ぬけめが」



▼怖毛立…「おぞげたつ」や「おぞげだつ」は、こわがること。◆片仮名本『因果物語』(下巻・20「愛執深僧蛇と成事」)曰「影身に添[そい]怖毛立[をぞげたっ]て 煩[わづらひ]に成[なり]次第々々によわり 終[つい]に死す」◆泉鏡花『尼ヶ紅』曰「だけんど、目白ッ子さ三日続き襲はれたで、怖毛[おぞげ]立って、びくびくして鳴得のはねぇだで」
▼せんりつ…石燕は「りつ」の字を省略したかたちで書いているが、「戦慄」という文字のほうがより精確ぢゃ