百々目鬼
「どどめき」には、「どどめき」という地名についての内容を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、腕にたくさんの目が生えている女のひとの妖怪として「どどめき」を描いています。枝垂桜[しだれざくら]の模様の美々しい着物を身にまとっていますが、頭にスッポリと被衣[かずき]の布をかぶっていて、顔は一切描かれていません。
葦[あし]などが生えた川っぺりが舞台設定になっており、土手と川、そして雲が大道具としては描かれています。これは「どどめき」の発想源が「川」によくある「どどめき」という地名にあるからだと考えられます。
上空には2羽、「川」が背景になっているつながりで水禽が描かれていますが、「かり」や「がちょう」でないことはわかるものの、「さぎ」なのか「とき」なのかの区別はハッキリとはつきません。
「どどめき」というのは、川に由来した地名として全国各地にあって、「とどめき・どめき・どどめ・どどみき・どどみき・どうみき・ごどめき」などや「とどろき」なども同一の語源だとされます。
どれも、川の水の「どどどどどどう」とつよく流れる音からつけられたものだと考えられています。
そんな「どど」な音の「地名」またはそれに由来した「苗字」によく使われているのが、百の字や鬼の字の出て来る組み合わせで、「百々目鬼」も、そんな「地名・苗字」にある「どどめき」の用字のひとつです。
「どどめき」には「百目木・百目亀・百米木・百々女木」のほか、「百相」と書いてよむといったようなアスレチックな例(百・目・木をくみあわせてある)もありますが、「百」を「ど」とよむのは、雅楽[ががく]で太鼓の音に由来して「百」の字を「どう」とよむことから発してると言われています。なので、もともと「百」の漢字自体も「音」と関連していたわけですネ。
つまり、石燕は「どどめき」という「地名・苗字」によくある「百々目鬼」という、文字単体として目にしたら明らかに妖怪だとしか思えない漢字の文字列自体を起点にして、目の玉が腕にたくさんある「どどめき」という画像妖怪をデザインしたようだ――と考えることが出来ます。
江戸の牛込にある「どどめき」という地名を、石燕は填詞[かきいれ]に差し込んで、当然その「地名」を知っているであろう読み手に対するおもしろみとして添えているわけですが、牛込の「どどめき」には漢字があてはめられていないので、コチラは本当に「添えた」側で、具体的に漢字のあてはめられた「苗字」か「地名」のほうが、むしろ石燕の発想に繋がっていたと考えるほうが自然だと言えます。
▼百々目鬼
「どどめき」は、見ひらきにいっしょに描かれている「ひひ」とはあまり深いつながりはないようです。「ひひ」や「どど」などおなじ単音がつづいて出て来ることばだ――と、いうことぐらいが見いだせる共通要素だと言えるでしょうか。
填詞[かきいれ]のなかでは「ひひ」の側には「鳥目」(銅銭のこと)が登場しており、「鳥」で素材の統一をしているという見ひらきではあるとも言えます。
▼函関外史[かんくはんぐはいし]云[いはく]
『函関外史』[かんかんがいし]という書物に載っているのが、この絵の「どどめき」という妖怪です――という填詞[かきいれ]がはじまるわけですが、この『函関外史』は、「そういう本に載っているという設定」で登場している架空の書物の気味のほうが現時点では高いと見られています。
▼ある女 生れて手長くして つねに人の銭をぬすむ
「手が長い」というのは「ぬすみぐせがある」人物のことを言った表現。
▼忽[たちまち]腕に百鳥[ひゃくてう]の目を生ず 是 鳥目[てうもく]の精[せい]也
ぬすみつづけていた他人様の鳥目[ちょうもく]つまり銅銭の精が憑りついて生じてしまったのが、腕に大量に生えてしまった目の玉です――といった内容になっています。
▼外史は函関以外[はこねからさき]の事をしるせる奇書[きしょ]也
「はこねからさき」というのは「箱根から先」で東海道の西のほうのこと。あえて「奇書」だとハッキリ明言していることからも、仮託設定のための書名であることがつよく感じられます。
▼一説に どどめきは 東都[とうと]の地名ともいふ
「東都」は江戸のこと。牛込にある「どどめき」という「地名」が、近しい読み手たちにも身近な地名だったことからの言及だと考えられます。
たとえば『江府名勝志』(上巻)には「どどめき 牛込御門より十三町 酉戌方 榎町の末に在[あり]弁財天町と云所也」――とあって、牛込の「どどめき」には「百」や「鬼」などの混じる漢字表記はなかったようですから、填詞[かきいれ]にあるココは先述したように、あくまで「江戸の地名にもどどめきはあるネ」ということでしかないと言えそうです。
up.2026.07.14
■百々目鬼
▼腕に目…「てのめ」では「てのひら」に目を生やしていたわけで、同工異曲な画像妖怪でもあるぞ
▼地名…「かわあかご」の観察めもで、小石川の「赤子橋」を引き出して考えてみたのは「どどめき」が牛込の「どどめき」「とどろき橋」に直接関与があることを石燕が示しているからぢゃ
▼葦…「葦[あし]に鷺[さぎ]」なら『女用訓蒙図彙』(巻3)の着物の図柄のなかにもみられる、よくある水辺をあらわす図柄の組み合わせぢゃ
▼あて字…「百目亀」や「百々女木」なども、文字からかたちをつくろうとすればつくれるぞ。いくらでも、異なった「どどめき」をつくれるわけぢゃ
▼百相…『へんづくし くにづくし』(1832)に載せられているすこし難しい読み方の苗字をあつめた表にも、土方[ひじかた]や十河[そごう]などと共に、この百相[どどめき]は載っておるのぢゃ。節用集・往来物などの類の苗字づくしなどを通じて、このような「どどめき」の色々なあて字は、文字列としてしばしば人々の目に入っていたのだぞ
▼雅楽…譜のなかで右手で太鼓を叩くことを示す位置に「百」という字がつかわれており「どう」と読まれるのぢゃ。「筒」の字でも書かれるぞ。左手は「図」で「ずん」
▼どどめき…江戸の牛込にあった地名。弁才天町にあり江戸の地誌の類にはだいたい載っているが「どどめき」とひらがなで記載されていることがほとんどぢゃ
▼手が長い…猿の手が長いことをたとえたもので、この部分を寓類と近づけて「ひひ」との対比に用いているとは言うことも可能だぞ
▼百鳥…たくさんの鳥
▼鳥目…ちょうもく。銅銭のこと、穴が中央に空いているかたちをまるい「鳥の目」に見立てた呼び方。鵞眼[ががん]などとも呼ぶのぢゃ
▼函関…「箱根」は江戸から東海道に出て最初に通過しなければならない関所があった宿場。「函根の関所」をちぢめて「函関」[かんかん]なのぢゃ
▼箱根から先…「野暮と化物は箱根から先」は、江戸っ子のよくつかっていたざれごと