蜃気楼
「しんきろう」には、漢籍由来の内容に即した填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、見ひらきの画面いっぱいにきらびやかな楼閣を浮かび立たせる「気」を吐き出している大きな蜃[はまぐり]を描くことで「しんきろう」の画題を描いています。楼閣はねずみ色の版で線が摺られており、ふわーッとかたちが浮き出て来る様子を具体的に「絵」としての工夫をしています。
波に囲まれている「おおはまぐり」のまわりには、他の小さい貝や蟹[かに]などを描き添えることで、「気」を吐き出している蜃を、際立てて大きく見せています。
「しんきろう」を発生させると考えられていた「蜃」は、おおきくわけるとふたつの存在が語られています。
ひとつめは石燕も描いているような大きな「はまぐり」で、貝の仲間。もうひとつは鱗類としての「しん」で、角の生えた大きな蛟竜などのすがたで表現されます。前者は「蛤蜃」後者は「蛟蜃」と区別されたりもします。
『和漢三才図会』(巻45・竜蛇類)では、竜の仲間のほうの「しん」が採り上げられけているのですが、石燕はコチラをそのまま採用はしなかったようで、より「絵」としても縁起の良さそうな「はまぐり」の大きいものとしてのデザインを選んだようです。
「しんきろう」として浮き立っている建物や山水の景観は、竜宮城の絵などで親しまれているような門や、巨大な松[まつ]の大木、まっすぐに流れる飛泉[たき]をはじめ、キチンとした唐風な設計になっており、建物のなかにはまめつぶのように小さくではありますが、人影も見ることが出来ます。
▼蜃気楼
「しんきろう」は、見ひらき全体をつかって描かれています。
まぼろしとして浮き上がっている立派な喜見城な楼閣は、巻末の「かくれざと」と一対になっていると考えることも容易な祝儀性の高い存在でしょう。
▼史記の天官書にいはく 海旁[かいぼうの]蜃気[しんき]は楼台[ろうだい]を象[かたど]ると云々
「海旁蜃気象楼台 広野気成宮闕」――というのが『史記』(天官書)での原文。「しんきろう」についての紹介がされるときには大抵引用される古文のひとつです。
▼蜃[しん]とは大蛤[おほはまぐり]なり
石燕は、貝が「気」を吐くほうのデザインで「しんきろう」を描いているので、当然のことながら填詞[かきいれ]では「はまぐり」のほうの「蜃」を採り上げてまとめています。
『和漢三才図会』(巻47・介貝類)には「わたりがい」(車螯)の項が「おおはまぐり」(大蛤)としての「蜃」についてを解説しており、『本草綱目』を引用して「車螯」[しゃごう]も「蜃」[しん]であり、「気」を吐いてまぼろしを見せるとされていたことが示されています。
▼海上に気をふきて楼閣城市のかたちをなす これを蜃気楼と名[なづ]く 又 海市[かいし]とも云
「蜃気楼」とならべて「海市」という異名の存在も記載しています。これらは『和漢三才図会』(巻45・竜蛇類)にある竜の仲間のほうの「しん」(蜃)の項でも「蜃楼 又曰 海市」と出て来る基本的な情報要素です。
『今昔画図続百鬼』でもそうであったように、『今昔百鬼拾遺』でも石燕は「日本の妖怪」という枠組みを用いてはおらず、普通に「天下の妖怪」たちを描く方向性で進んでいることが、巻頭にある「しんきろう」(ほとんどが『本草綱目』に拠っているので大陸の情報要素)および、それにつづく「しょくいん」や「にんめんじゅ」などからもわかります。
up.2026.07.21
■蜃気楼…和漢三才図会
▼気…この気のことを「蜃気」[しんき]というのぢゃ
▼採用…竜蛇のすがたでは次につづく「しょくいん」とあまり差異がなくなってしまうからなのかどうかなのかは、よくワカラヌところぢゃ。おなじ竜蛇のようかすがたのものだとは言っても、コチラは海、アチラは山のものでもあるから、描き方によって全然かわった絵づくりは出来たハズではあるぞ
▼区別…和漢百魅缶では、貝の仲間である「蛤蜃」な「しん」と竜の仲間である「蛟蜃」な「しん」でもそれぞれ詳しく紹介しているのであわせて参照すると良いのぢゃ
▼喜見城…帝釈天の居城
▼車螯…◆『和漢三才図会』(巻47・介貝類)「此者 能吐気 為楼台」
▼大蛤…◆『和漢三才図会』(巻47・介貝類)「大蛤 総曰蜃 不専指車螯也 又与蛟蜃之蜃同名異物」