もどる

すずりのたましい

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

すずりのたましい

硯の魂

「すずりのたましい」には、徐玄之[じょげんし]のはなしも盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■硯の海に白旗赤旗

石燕は、墨をするために使う硯[すずり]の海を、「壇の浦」などと見て合戦をはじめる小さい源氏と平氏の武将軍兵たちを描いて「すずりのたましい」の画題を描いています。硯の海には白波が立っていて、本物の海のような様子になっています。

硯の載っている雷菱模様の布の上には、唐銅[からかね]でつくられていると見られる筆立てもあり、羽帚[はぼうき]や太筆・刷毛[はけ]などが立てられています。

■徐玄之

石燕が填詞[かきいれ]でひきごとに出している徐玄之[じょげんし]のはなしは、林羅山『怪談全書』(巻3)に載っているはなしで知られるもので、モトモトは『纂異記』にあるはなし。

徐玄之の屋敷に、鉄の冠をかぶった小さい武者・軍兵のような者たちがぞろぞろ出て来て、狩りをしたり、魚釣りをしたり、幕を張って酒宴をしてたのしんだりするというふしぎなことがつづきました。この小さな者たちの正体は、庭にある巣に暮らしてた蟻[あり]たちで、巣を掘り出して焼いたところ、出て来ることはなくなったと言います。

このとき、みんなが釣って食べていた「魚」の泳いでいた「海」が、徐玄之の愛用していた紫石潭[しせきたん]の硯[すずり]で、ちょうど小さい彼らから見ると、硯の海が「海」のように見えていたのでした。

石燕の「絵」でも硯の海の大きさに比して小さな武将軍兵たちが、やや大きすぎるという見た目の問題がありますが、これは画面の「硯」の縮尺に合わせて描いてしまうと、小さい者たちが本当に芥子粒のようになってしまうからで、あくまで「絵」としてのアンバランスさから来るものです。

こういう「絵」としての縮尺のアンバランスさは、『怪談全書』での徐玄之のはなしの挿絵でもおなじことで、かなり大きめの寸法に拡大された状態で小さい者たちは「絵」には描かれています。

▼硯の魂
「すずりのたましい」は、見ひらきにいっしょに描かれている「ばしょうのせい」とは壊れやすいもの・不変なものな精霊として並べられているようです。

▼ある人 赤間[あかま]が関の石硯をたくはへて 文房の一友とす
長門国の「赤間が関」は、硯[すずり]の石の産地として知られており、赤間石・赤間硯などの名もあります。

▼ひと日 平家物語をよみさして とろとろと居ねぶるうち 案頭[あんとう]の硯の海の波さかだちて
赤間硯を持っていたあるひとが、『平家物語』を読んでいるうちに居眠りをしてしまい、案[つくえ]のうえの硯の海に波が立って来た――としています。

▼源平のたたかひ 今みるごとくあらはれしとかや
「絵」に描いた様子を改めて述べているのがここまでの箇所で、硯の海を挟んで小さい源氏・平氏の武将軍兵たちが闘っている様子が展開したことを示しています。

このように具体的に「絵」の内容を説明しているところをみると、確実に描写説明しないとわかりづらい――つまり「絵」の設定があまり馴染みのないもの、石燕がつくり出した新趣向である風味のほうが強いことがうっすら想像出来ます。

▼徐玄之[じょげんし]が紫石潭[しせきたん]も思ひあはせられ侍[はべ]り
『怪談全書』にある、徐玄之[じょげんし]の紫石潭の硯で、蟻[あり]の化けた軍兵たちが魚釣りをしたりしたはなしを、おなじようなひきごととして持ち出しています。

修羅物な能であれば、硯から出て来るのは普通の人間の寸法の武将たちでも良いわけで、小さい人間たちである必要性はありません。そう考えてみると、徐玄之のはなしの内容を、日本に吹き替えて「すずりのたましい」がデザインされたという径路も考えられるわけで、そうすると徐玄之のはなしの小さい者たちのように、この源氏・平氏のような小さい者たちも、源氏・平氏の亡霊でない、全然別箇の存在が化けたものとしても捉えることは可能なわけです。


up.2026.08.09

■硯の魂




▼硯の海…硯[すずり]のうちの水や墨をためる、凹んだ側のことぢゃ
▼壇の浦…平氏の滅亡の地として知られる場所
▼羽帚…羽帚のうえにも小さい武将らしき存在が描かれており、鉄砲をかまえて源氏・平氏の面々を狙っている様子が描かれているが、この存在が何者なのかはハッキリせぬぞ
▼焼いたところ…◆『怪談全書』(巻3)曰「家人を呼びあつめ 西の窓の下の地をほること 深さ五尺余にて蟻の穴あり 三斛入るる計[ばかり]の缶[もたひ]の如し 即ち火を付て これを焼く事 残す所なし 是より其宅に凶事なし」
▼魚…◆『怪談全書』(巻3)曰「硯の中より数多の魚を釣りいだす 或は鱠[なます]にし或は羹[あつもの]にす」



▼産地…◆『和漢硯譜』曰「紫金石 長州赤間石 有五色」◆『古梅園墨談』曰「古硯 尤[もっとも]よし 新硯も下の関 赤間が関 高等の真硯を選ぶ可し」
▼文房の一友…愛用の文房具として使うことぢゃ
▼平家物語…ここで『源平盛衰記』ではなく『平家物語』の名前が挙げられていることからも、石燕はドチラかと言えば『平家物語』を好んで読んでいたのかも知れないゾ、という観察は出来るのぢゃ。『画図百器徒然袋』でも、源平についてのはなしは『平家物語』のほうを石燕は参照していることが多いと見られるぞ
▼案頭…つくえのうえ