『今昔百鬼拾遺』の刊記です。
まえへ|目録作者名が記載されています。豊房[とよふさ]は石燕の本名(佐野豊房)です。
▼校合門人 子興・燕二
編集や木版の仕上の校正作業をした石燕の門人たちの名前が記載されています。
子興はいつも石燕の版本づくりに関わって補助をしていたということが、この刊記から知れます。
「燕二」は『今昔画図続百鬼』にも見られ、『画図百器徒然袋』の「燕示」とも同一人物かと見られます。
▼安永十 辛丑 春
安永10年(1781)のこと。春はお正月を示します。
▼彫工 井上新七
彫師の名前が記載されています。
新七は、『今昔百鬼拾遺』から彫師として関わっていて、『画図百器徒然袋』でも彫りを担当しています。
勝川春章による武者絵の画譜『絵本威武貴山』(1778)の初版の刊記には「画工 旭朗井 勝春章/彫工 井上進七」と名前が記載されており、精緻な画譜の彫刻も手掛けている活躍彫師であったことが知れます。
▼御書物所 出雲寺和泉掾
版元のひとつ。幕府に関するものも手掛ける「書物」を出版する老舗のひとつで、石燕の版本(絵手本・画譜)を手掛けています。
▼書林 遠州屋弥七
版元のひとつ。こちらも石燕の版本(絵手本・画譜)を手掛けています。
その後、江戸の前川六左衛門・前川弥兵衛から「後摺り」が出されています。
さらにその後、伊勢の長野屋勘吉からも「後摺り」が出ていますが、コチラはだいぶ印刷が荒れていたり、ねずみ色の版のぼかしが省かれていたりします。
up.2026.08.15
▼子興…子興はほぼ4作品にも関わっているし、『絵事比肩』などでも校合として名前を記載しているぞ