栄螺鬼
「さざえおに」には、七十二候に関連した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、栄螺[さざえ]が変化して生じた画像妖怪として「さざえおに」を描いています。栄螺の貝殻からニューっとのびて出て来たすがたで描かれており、首まわりには海藻を多くまとわせながら、顔はうえの方を向いています。
「さざえおに」の家である貝のまわりには浪が描かれており、この絵の場面は、海上あるいは海岸であることが考えられます。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、栄螺の妖怪であるという点から『百鬼夜行絵巻』に描かれている栄螺の妖怪をリデザインしたものだと見られます。
石燕は、画像要素として用いている栄螺の妖怪を、姿勢なども含めてかなり踏襲しているわけですが、栄螺の妖怪のほうには「さざえおに」にあるような、くりくりした目の玉は見られません。
『徒然草』の42段には、気[け]のあがる病が悪化して顔が「鬼」のように腫れ上がり、頭のてっぺんのほうに目がいってしまった行雅[ぎょうが]僧都というひとのはなしがあり、石燕はこの内容を加味した上で、目がてっぺんのほうにあって、顔がうえを向いている「さざえおに」のかたちと、「さざえおに」という呼び名を命名したと考えると、非常にわかりやすい構造になっています。
『なぐさみ草』(1652)でも『徒然草』42段の挿絵は描かれており、顔が腫れてうえを向いてしまって困っている行雅僧都のすがたはひとびとに「絵」としても知られていました。
このような石燕のデザイン過程を明確に垣間見ることの出来る情報が点在している「絵」の例は重要で、他の妖怪を観察する際にも大いに参考になります。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
ただし、この絵では波の寄せては返すダケの「海」が舞台になっているので、ぼろぼろになってしまうような人工の建物とは無関係な場面となっています。戸外の場合はどうしても、ごくふつうの景観になってしまうのが、この設定の難しいところではあったでしょう。
▼栄螺鬼
「さざえおに」は上巻の最後の半丁にあたり、見ひらきでの対応はありません。
無理に関連づけるとすれぱ、「さざえおに」のデザインの基礎の半分を占めている「行雅僧都」が大変に経相に通じた学僧であったことから、禅林で坐っている「ほっすもり」とは多少、そですり合うのかも知れません。
▼雀[すずめ] 海中に入てはまぐりとなり
「雀が海に入って蛤[はまぐり]になる」というのは、季節によって生じる自然の変化のことを示したもので、季秋(9月)になると発生するものだと考えられていました。非常によく知られていた七十二候のひとつです。
▼田鼠[でんそ]化して鶉[うづら]となる
「田鼠(もぐら)が鶉になる」というのも、季節によって生じる自然の変化のことを示したもので、季春(3月)になると発生するものだと考えられていました。こちらもよく知られていた七十二候のひとつです。
▼造化[ぞうか]のなすところ
天地の摂理が発生させると考えられていた恒常的な「変化」のことです。
▼さざえも鬼になるまじきものにあらず
「すずめ」も「もぐら」も季節が来ると自然に「はまぐり」や「うずら」に変化することがあるから、「さざえ」が「おに」に化けるということもあるかも知れず、この「さざえおに」という画像妖怪もそういうものかも知れませんネ――と石燕はおどけているわけです。
この填詞[かきいれ]でも石燕は多用している形式をそつなくつかっており、「あるもの」として七十二候を述べて、「はまぐり」と「さざえ」の結びつけをしながら「ないもの」である「さざえおに」を七十二候に混ぜ込もうという落差でたのしませる戯文に仕上げています。
up.2026.05.24
■栄螺鬼
――石燕の手による画像妖怪
▼栄螺の妖怪…雲で終わる構成の百鬼夜行絵巻に描かれているぞ。栄螺の妖怪は蛤の妖怪の手を引くすがたで描かれており、石燕はコチラも「かいちご」に画像要素として用いているぞ
▼気のあがる病…「のぼせ」の類
▼行雅僧都…この僧都のはなしなどは石燕の填詞[かきいれ]には、みじんこほども登場してこないわけぢゃが、「填詞」ではなく「絵」を中心に画像妖怪のつくられかたを考えることが大事なことは、この例からもよくわかる事であるぞ
▼鬼…「さざえおに」がどうして「鬼」なのかという点がこれで消化出来るわけぢゃ。◆『徒然草』曰「ただおそろしく鬼のかほになりて 目はいただきのかたにつき 額のほど鼻になりなどして」
▼絵…『徒然草』の絵巻物や画帖でも、この行雅僧都が描かれていたことは多数あったと考えられますが、石燕は栄螺の妖怪の画像要素を「多め」につかって「さざえおに」はデザインしているため、「発想」の繋げ方のモトとしてのちからのほうが、42段にはつよくあるぞ。
▼基礎の半分…半分は『百鬼夜行絵巻』の栄螺の妖怪、半分は『徒然草』の行雅僧都のはなしぢゃ
▼変化…「へんか」については『大佐用』vol.280「変化/析易/気化」で特集したぞ
▼季…四季はそれぞれ3つに分割されており、孟・仲・季があてられるぞ。春なら正月が「孟春」で3月が「季春」、秋なら7月が「孟秋」で9月が「季秋」となるわけぢゃ
▼はまぐり…◆『礼記』(月令)曰「爵入大水為蛤」◆『淮南子』(時則訓)曰「雀入大水為蛤」◆『和漢百魅缶』/こう(蛤)
▼うずら…◆『礼記』(月令)曰「田鼠化為[如+鳥]」◆『淮南子』(時則訓)曰「田鼠化為[如+鳥]」