貝児
「かいちご」には『徒然草』や御殿の玩具たちに関連した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、貝覆[かいおおい](貝合せ)につかわれる綺麗な絵の描かれた蛤[はまぐり]の貝の妖怪として「かいちご」を描いています。髪型は稚児髷になっており、本来は空洞にな髷[まげ]の輪の中身が貝になっています。 這子[はうこ]人形のことについても填詞[かきいれ]では言及されていますが、そちらは絵に描かれていません。
「かいちご」は貝覆いの貝を入れておくための、立派な細工のほどこされた貝桶[かいおけ]から現われていて、畳のうえに散らばっている貝をひろおうと手を出しています。
貝桶には、亀甲模様の雲を配して、なかに鶴[つる]と松竹梅が、大きく描かれており、御殿のお姫さまたちの嫁入り道具としても広く用いられていた豪華さただよう玩具のたたずまいがうかがえます。見えている貝には、御所車や橋の絵柄が見えるので、題材は花鳥絵ではなく源氏絵のようなものが描かれている揃いのものなのかと考えられます。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、蛤[はまぐり]の妖怪であるという点から『百鬼夜行絵巻』に描かれている蛤の妖怪をリデザインしたものだと見られます。
ただし石燕は、「顔のつくり」と「頭のうえに伏せてのせてある貝」という画像要素ダケを用いてるに過ぎず、全体的には大幅に別デザインの画像妖怪として仕上げています。
衣裳も絵巻物では前垂れをかけたような素朴なものですが、「かいちご」は地紋に雷文があしらわれた織物をまとっていますし、両者は髪型も異なります。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
この絵は、室内なのでぼろぼろ要素があってもよいカンジですが大道具として建てられている障子[しょうじ]には特に破れや汚れの描写はなく、「かいちご」の家であるところの貝桶も同様にぼろぼろな箇所は見られません。無造作に畳の上に散らばってしまっている貝たちが、荒れている様子の描写になっているというところなのでしょうか。
貝覆(貝合せ)を遊ぶときのコツについては、『徒然草』の171段の主題になっており、他人の近くにある貝には必要以上に気を配って、半面おのれのすぐ近くにある貝に注意がゆきとどいていないことがある――といった内容を書いています。石燕が、この段から絵巻物の蛤の妖怪と「貝覆い」を結びつけたことは明白にわかります。
高階楊順『徒然草句解』(1661)の註(巻5・三十五)では、この171段の「貝をおほふ」という語について「貝合せの事成べし」と書いており、既に「かいおおい」と「かいあわせ」の呼び方の混同や、どちらかといえば「かいあわせ」のほうに呼び方が移り変わっていたこともうかがえます。
▼貝児
「かみおに」とは「女のひとに縁のあるもの」な画像妖怪として対になっており、コチラは嫁入り道具として定番だった貝覆・貝合せの蛤[はまぐり]の貝たちが用いられてます。素材がハッキリとした対になっていることからも、最初から一対の存在として想定して描いたものであることはよくわかります。
▼貝おけ
「貝桶」のことで、貝覆(貝合せ)に用いる貝をひと揃え入れておくための八角形あるいは六角形のいれもの。絵のなかで「かいちご」が入っているのもこの「貝桶」です。
『女用訓蒙図彙』(1687)でも「貝桶」として掲載されており、源氏絵の模様などが細工された綺麗な六角形のものが描かれています。
▼這子
這子(はうこ・ほうこ)人形のこと。子供のかたちのぬいぐるみ。
石燕は、「かいちご」と「はうこ」の「子」の音つながりで、御殿で用いられていた玩具たちを並べて対比させています。子供のすがた(稚児)で「かいちご」自体をリデザインしたのも、這子人形を意識していたであろうことは言うまでもありません。
▼やんごとなき御かたの調度にして
御殿や御所で暮らしているような、やんごとない身分の御方たちが使っているような玩具たち(貝桶・這子)のことをまとめています。
「調度」ということばは「ふぐるまようひ」で題材になっている『徒然草』72段では、ごちゃごちゃしていないことが「よいこと」だと説かれていましたから、ごちゃごちゃと散らばっていてこそ、『図画百器徒然袋』の妖怪たちとしては機能するとも言えます。
▼しばらくもはなるること無ければ
別々にはなれることがない蛤[はまぐり]の貝の性質を、愛用されていたであろう御殿の玩具たちに折り込んでいます。
▼この貝児は這子の兄弟[はらから]にや
「かいちご」と「はうこ」の「子」の音つながりから、貝の妖怪である「かいちご」という画像妖怪は、這子とは兄弟なのかも知れないネ――と石燕はおどけているわけです。
ここでは、「あるもの」として良く知られているぬいぐるみとしての這子という「子」を挙げて、「ないもの」の側に「かいちご」という「子」をあげて兄弟かも知れないという突飛な関連づけをするという落差で戯文に仕立てています。しかし、貝桶と這子は、もともとおなじような嫁入り道具としての玩具ではあるため、そこまで落差が生じていないというのも実際のところではあります。
這子の妖怪も「かいちご」の画中に、弟なり兄なりとして「描き込むこと」も石燕には十二分に可能ではあるわけですが、そのような絵にはなっていません。
つまり、「填詞」はあくまで『画図百器徒然袋』の作中設定のなかでの石燕の独白に過ぎず、石燕の描いてる「絵」のなかの画像妖怪とは設定上では別もの・無関係にもあると言えます。
石燕の「填詞」がすべて「かも知れないネ」という意味合いの「夢のなかで見た画像妖怪たち」についての自分なりの想像という内容で完全統一されているのは、序文で設定されていることもありますが、『百鬼夜行絵巻』の画像妖怪たちを素材にしてつくりあげた『画図百器徒然袋』の「絵」を描き終わってから、本当に想像で填詞を書いてるから――という構造があるからだとも言えるでしょう。
up.2026.05.28
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■貝児
――石燕の手による画像妖怪
▼蛤…貝覆につかわれる貝は、特に伊勢国の桑名[くわな]で採れたものがよいとされていたぞ
▼貝覆…一対である貝同士を当ててあそぶ玩具。一対となる貝の内側にはキチンと対になる絵が濃彩で描かれているぞ。近世になると『徒然草』の注釈書にあるように呼び方が「貝合せ」とも混在したのぢゃ
▼這子…布をくくって作る、子供のかたちのぬいぐるみ。おとぎぼうこ。『女用訓蒙図彙』(1687)では「御伽婢」[おとぎぼうこ]の用字で描かれているぞ
▼貝桶…貝をいれておく器。実物は八角形なのぢゃが、絵として描かれるときは六角形であることも多いぞ
▼亀甲…亀は万年の齢をたもつものぢゃから縁起がよいぞ
▼鶴…千年の齢をたもつものぢゃから縁起が良い仙禽なのだぞ
▼松竹梅…縁起の良い組み合わせとして文様や絵画にも使われる植物たち。ただし「花が散る」という点を忌んで梅をぬいて松竹のみを用いることもあるぞ
▼嫁入り道具…蛤は別の個体同士は貝がかみあわないので、嫁入りに適する「夫婦和合」を示す縁起のよいものだとされてたのぢゃ
▼源氏絵…『源氏物語』の内容や帖名を絵画化したもの。貝に描く絵柄としては広く用いられていたぞ
▼蛤の妖怪…雲で終わる構成の百鬼夜行絵巻に描かれているぞ。蛤の妖怪は栄螺の妖怪の手を引かれるすがたで描かれており、石燕はソチラも「さざえおに」に画像要素として用いているぞ
▼髪型…「かいちご」は稚児髷になっているが、『百鬼夜行絵巻』の蛤の妖怪は髷を結っていない
▼貝に注意が…◆『徒然草』(171段)曰「貝をおほふ人の 我が前なるをばおきて よそを見わたして人の袖のかげ膝の下まで目をくばるまに前なるをば人におほはれぬ」
▼貝覆・貝合せ…填詞で石燕は「貝桶」としか言っていないため、「かいおおい」と「かいあわせ」ドチラで普段通用させていたのかはハッキリしないぞ
▼六角形…絵として描かれる際には六角形に描かれることが多いのぢゃ。石燕が「かいちご」で描いている貝桶は立体構造が完全につかむことの出来ぬ描き方なので八角形なのか六角形なのかはトンとわからぬ
▼やんごとない…公家や武家の大名たちのあいだでは明治維新ごろに至るまで立派な貝桶と貝たちが製作させていたぞ
▼調度品…◆『徒然草』(72段)曰「いやしげなる物 ゐたるあたりに調度のおほき」
▼はらから…兄弟姉妹
▼設定…作中の妖怪たちの設定については石燕が「夢ののうちにおもひぬ」「夢心におもひぬ」としかしていない点からも導き出せるように、結局のところ素材として用いられている『百鬼夜行絵巻』の画像妖怪たち同様、「どのような妖怪であるかといった性質などには明確な正解がない」というのが正解なので、未来人は無限にたのしめるわけぢゃ。