不落不落
「ぶらぶら」には『徒然草』や案山子・狐に関連した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。本文では「不不落落」となるようなおどり字がついていますが「ぶらぶら」という音や目録などから考えても「不落不落」を意味していることのほうが優先度が高いことはわかります。
まえへ|つぎへ石燕は、「きつね」たちの発生させる火と関与させて「ぶらぶら」という田畑に立てられた提灯[ちょうちん]の妖怪を描いています。提灯はちょうど頭になっており、竹竿が首、案山子[かかし]が身体、壊れている案山子の笠が腕として構成されています。
提灯に書き込まれている山型と丸印が眉と目の玉、破れて飛び出している蝋燭[ろうそく]が舌にちょうど見えるようにしてあるところは、物そのままに用いた工夫としては卓抜した技。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いていますが、提灯の妖怪は見あたらないため、『百鬼夜行絵巻』に描かれている妖怪たちを素材にしているのかどうかはハッキリしません。
『徒然草』の19段には「松どもともして」と松明のあかりが登場しており、そこを基礎にして「たいまつまる」がつくられていますが、218段や230段に顔を出している狐たちのあかりの要素(きつねび/ちょうちんび)を再び呼んで来て、石燕は提灯の画像妖怪を仕立てて、その対となる提灯のあかりを持って来たようです。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
この絵では、場面が戸外の田舎道なので特にぼろぼろな建物などが描写されることはありませんが、「ぶらぶら」の顔に貼ってある紙が破けて「破れ提灯」になっている点で、ぼろぼろな雰囲気は表現されています。
『書言字考節用集』(巻8・言辞門)には、「にょこにょこ」[如鼓々々]や「きょろきょろ」[驚労々々]や「がらがら」[瓦落々々]をはじめ、擬音擬声に関することばの当て字もかなり載っており、石燕もそのような当て字の法則に則って「ぶらぶら」に対して「不落不落」をつけたのであろうということは、考えやすいところです。
同書では「ぼろぼろ」に「暮露暮露」の当て字を載せていて、「ぼろぼろとん」の用字とも共通点があります。
▼不落不落
「たいまつまる」とは「明るいあかり同士」の画像妖怪として対になっており、その対の立て方は上巻での「ころうか/てんじょうなめ」とも重なるものだと言えます。このことからも、最初から一対の存在として想定して描いたものであることはよくわかります。
▼山田もる
「山田守る」で案山子[かかし]などを示すときにも広く用いられていた歌のことば。このことばが填詞[かきいれ]に設定されている点から、場面が田んぼ近くの田舎道であることが明確にわかります。
▼提灯の火とは見ゆれども
田んぼに立ててある提灯のように見えますが――と言った意味です。
▼まことは蘭ぎくにかくれすむ狐火なるべし
提灯のように見えますが、本当は狐[きつね]たちの発生させる「きつねび」であって、提灯の画像妖怪である「ぶらぶら」もそうなのかも知れないネ――と石燕はおどけているわけです。
蘭菊[らんぎく]は、白楽天の「凶宅」という漢詩に「梟鳴松桂枝 狐蔵蘭菊叢」(ふくろうはなく しょうけいのえだ、きつねはかくる らんぎくのくさむら)――と出て来ることを踏まえて、歌謡・物語をはじめとして、狐たちには毎度毎度、いつも組み合わせられつづけている植物たちです。
能『殺生石』にも「又立ち帰る草の原 物凄[ものすさま]しき秋風の 梟[ふくろう]松桂[しょうけい]の 枝に鳴きつれ 狐[きつね]蘭菊の花に隠れ住む」――と、この組み合わせは出て来ますし、
石燕が「ばけのかわごろも」で絵の着想にも用いた、「くずのは」の登場するお芝居『蘆屋道満大内鑑』(1734)でも「身は蘭菊に遊べども 話の尾花はいっかな出さない」などのせりふに、その組み合わせは顔を出します。
up.2026.05.27
■不落不落
――石燕の手による画像妖怪
▼提灯…竹ひごでつくった骨の上に紙を貼ってつくった照明。なかには小さな蝋燭を立てるぞ
▼印…提灯には所有者の家紋や屋号が書き込まれることが広くおこなわれていたぞ。白いままだったり、三界万霊などの字句が示されていない点から、場面が墓場ではないことも知れるのぢゃ
▼石燕は「ちょうちんび」で既に狐たちと提灯ということばを結びつけているから簡単に繋がるわけぢゃ
▼山田守る…玄賓僧都の「山田もる僧都の身こそかなしけれ秋はてぬればとふひともなし」という和歌が有名ぢゃ◆『万葉集』曰「あしびきの山田守る翁[をぢ]置く蚊火[かひ]の下焦がれのみ我が恋ひ居らく」
▼組み合わせ…◆『太平記』(巻4)曰「故宮を見給へば いつしか三年に荒れ果て 梟松桂の枝に鳴き 狐蘭菊の叢に蔵[かく]る」◆能『錦木』曰「足引の山の常陰[とかげ]も物さび 松桂に鳴く梟 蘭菊の花に隠るなる狐栖むなる塚の草 もみぢ葉染めて錦塚」