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ばけのかわごろも

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

ばけのかわごろも

ばけの皮衣・化皮衣

「ばけのかわごろも」には、化け狐たちに関する要素を活用した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。

まえへつぎへ

■化けるときには藻をかぶり

石燕は、人間に化けようとしている狐[きつね]たちを「ばけのかわごろも」として描いています。

手前に振袖[ふりそで]な着物をきた女性、そのうしろに立派な駕篭[かご]と、それを舁[かつ]ぐ仲間[ちゅうげん](やっこさん)すがたな2体が、「化け途中」といった顔つきや手足(狐のおもかげがまだある)で、立っている絵です。振袖がまだ「藻」そのままな状態なのが「化け途中」であることをよく表現しています。

『画図百鬼夜行』(1776)では特に描いていなかった、「狐が化け術を駆使している場面」をシッカリ描いたものだと言えます。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている変身しようといろいろ準備をしている途中の狐たちの画像要素を用いてリデザインしたものかと考えられます。また、『画図百鬼夜行』では使用していなかった、狩野系統の妖怪絵巻物にある水辺で人間に化けようとしている「やこ」(野狐)の要素もシッカリ採り込んでいるのでしょう。

いっぽう、駕篭が描き込まれている点から言えば、石燕は画面のなかには明確に、お芝居の『蘆屋道満大内鑑』(1734)の「信田稲荷社頭の場」で登場する「くずのは」や「よかんべい・やかんべい」といった狐たちの画像要素をハッキリと注入しています。

■失敗のない? へんげ動物同士です

『徒然草』の230段には、「化けるところ」を実は目撃されていて、失敗をしてしまう狐のはなしがあり、「ばけのかわごろも」と「きぬたぬき」は、まずそこを起点にしていると見られます。

高階楊順『徒然草句解』(1661)にある230段の註(巻6・九十四)でも「ふしぎは大かた狐狸のしはざ也」とあり、術をつかって人間を化かそうとする存在として、狐と狸が並び称されています。

■ぼろぼろでは特にない社頭

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。

しかし、この絵も戸外(水のほとり)が舞台になっているので、特にぼろぼろな造作の描写の必要は存在しておらず、これについての描き込みどころは特にありません。

駕篭[かご]にも特に瑕[きず]や汚損[よごれ]は見られませんので、人間に不審がられたり、あやしまれたりする点はありません。


▼ばけの皮衣
きぬたぬき」とは「きつね/たぬき」そして「服に関係するもの」として対の存在になっています。最初から一対の存在として想定して描いたものであることはよくわかります。

「かわごろも」(裘・皮衣)と狐は密接な関係があって、大むかしから高貴な「裘」には狐の毛が用いられていました。そういう点から、「きつね」と縁のある「服」の要素として「かわごろも」を合成して石燕は呼び名に用いたのだろうと考えられます。

山岡元隣『百物語評判』でも狐と狸については巻2で情報を多く載せていますが、完全に重なるものではないようです。

▼三千年を経る狐
『百物語評判』の狐の項(巻2)には「唐土[もろこし]にては百歳の狐[きつね]北斗を礼[らい]して美女となり 千歳にして淫婦[たはれめ]となれりとかや」や「千歳の狐」などあり、三千年とは記載されていません。

いろいろな書籍の情報を類別してあつめた『愈愚随筆』(1673)の「狐為婬婦」(巻10・獣類)には「文中子に曰く 千歳の狐 婬婦と為[なる]百歳の狐美女と為[なる]抱朴子に狐 寿[いのち]八百歳 三百歳変じて為人[ひととなる]」と見えます。

▼藻草をかぶりて
藻[も]を頭にのせて変身することは、「葉っぱ」をのせること同様に狐たちには古くから用いられて来ました。

お芝居の『義経千本桜』(1747)でも、狐忠信が「親子の離別も悲しい事も弁[わきま]へなきまだ子狐 藻[も]をかつぐ程[ほど]年もたけ 鳥居の数も重なれど」というせりふを語っています。
また『万載狂歌集』(1783)では「けさははや夏もきつねが藻の花をかぶって化[ばけ]のかは衣がへ」(物事明輔)『徳和歌後万載集』(1785)にも「かづく藻の花よめの顔ながめんと舅[しうと]もそばへよるの殿さま」(京間内則)などとあり、狐が藻もかぶることは定式になっています。

▼北斗を拝し
『酉陽雑俎』には、髑髏[どくろ]を落とさないように頭にのせて北斗七星を拝むと美女に変身することが出来ます。石燕は、髑髏の部分を「藻」に変更しています。

▼唐[もろこし]のふみ
大陸で書かれた書籍、漢籍。ここでは具体的にいえば『抱朴子』や『酉陽雑俎』などをさしています。このように、漢籍に散見される化け狐たちが「化けるために使うもの」の要素をつらねた上で、「ばけのかわごろも」もこれかもしれないネ――と石燕はおどけているわけですが、「くつつら」の填詞[かきいれ]が「瓜づくし」なダケの戯文であったように、「ばけのかわごろも」の填詞もお芝居での俳優たちの扮装のことなどを背後に利かせた「狐づくし」の戯文としての性質のほうが濃いようです。


up.2026.05.21

■ばけの皮衣・化皮衣
――石燕の手による画像妖怪



▼『画図百鬼夜行』では、「かわうそ」に「人間に化ける」という場面の絵をつかってしまったので、別の特徴――猫(踊り)狸(腹鼓)狐(狐火)を使って、へんげ動物たちは描かれていたことを思い出すとよいぞ
▼野狐…狩野系統の絵巻物での「野狐」の絵は、背景が添えられている場合は大抵、小川や秋草と共に描かれているぞ
▼蘆屋道満大内鑑…竹田出雲による浄瑠璃。1748年に歌舞伎にもされたぞ。『画図百器徒然袋』刊行以前だと、江戸では1770・1775・1779年に歌舞伎で上演されたぞ。
▼くずのは…葛の葉、葛の葉狐。安倍晴明[あべのせいめい]の母御ぢゃ
▼よかんべい・やかんべい…安倍保名[あべのやすな]のしもべが与勘平。駕篭の場面で与勘平といっしょに葛の葉を助ける与勘兵に化けた狐が野干平
▼駕篭…葛の葉の駕篭を石川悪右衛門が襲う展開がある演出は、「二人奴」や「差駕篭」と称されるぞ
▼狐狸のしはざ…『徒然草句解』(巻6)曰「国のみだれんとする時 家のほろびんとする折など 種々のあやしき事あらはるるは其[その]前表にて 常に有事也」


▼狐と狸…『画図百鬼夜行』の「きつねび」や「たぬき」を描いた際にも『百物語評判』は用いられている参考書目だぞ
▼『和漢三才図会』では「狐」(巻38・獣類)の項のなかでも、『百物語評判』と同内容が、『抱朴子』や『酉陽雑俎』にある内容を引いている箇所で説かれておるぞ。『百物語評判』の「唐土にては」の原拠も、『和漢三才図会』と大体おなじ資料であることが知れるのぢゃ
▼愈愚随筆…内題は『分類群書故事大全』ぢゃ
▼髑髏…◆『酉陽雑俎』曰「戴髑髏 拝北斗 髑髏不墜則化為人矣」
▼俳優…もともと鳥山石燕は寺社の奉納額に歌舞伎役者の似顔を描いて、市民たちから喝采された画家でもあるので、芝居のことを無視して描くことは微塵もないと見るほうが自然ぢゃ