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きぬたぬき

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

きぬたぬき

絹狸

「きぬたぬき」には、化け狸たちや六玉川に関する要素を活用した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。

まえへつぎへ

■お裁縫道具の近くで化けます

石燕は、八丈絹が化けて生じた狸[たぬき]を「きぬたぬき」として描いています。

「きぬたぬき」のいる瓦灯[がとう]の明かりのついた室内には、竹の物差[ものさし]針箱[はりばこ]糸箱[いとばこ]掛針[かけばり]をはじめとしたお裁縫道具が並べてあり、着物などになる絹布の画像妖怪であることを印象づけています。

『画図百鬼夜行』(1776)では特に描いていなかった、「狸が化け術を駆使している場面」を「ばけのかわごろも」合わせでシッカリ描いたものだと言えます。狸の毛並みの描写は、『画図百鬼夜行』で描いている「たぬき」の顔よりも、委しめになっています。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン?

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いていますが、この「きぬたぬき」については特に素材とした画像妖怪についてはハッキリしません。『百鬼夜行絵巻』には布の妖怪たちの自体は何体もいるので、それらを着火剤としてイメージづくりをしているのかも知れません。

いっぽう、「八丈」であるという点から言えば、むしろ「たぬき」よりも大岡政談のなかの「白子屋事件」や、それを素材につかったお駒・才三を中心にしたお芝居『恋娘昔八丈』(1775)の要素を多数下敷きとして嵌め込んでいるようです。
城木屋の従業員に丈八[じょうはち]という「八丈」を逆立ちさせた名前も登場人物がいますが、悪役ながらもお駒に惚れているこの丈八の存在は物語の結末にも繋がります。また、「白子屋お熊」が死罪になったときに「黄八丈」の振袖をつけていたことを受けて、舞台でもお駒の衣裳として黄八丈の着物を用いたところ、江戸で黄八丈は非常に流行するようになりました。

■失敗のない? へんげ動物同士です

『徒然草』の230段には、「化けるところ」を実は目撃されていて、失敗をしてしまう狐のはなしがあり、「ばけのかわごろも」と「きぬたぬき」は、まずそこを起点にしていると見られます。

高階楊順『徒然草句解』(1661)にある230段の註(巻6・九十四)でも「ふしぎは大かた狐狸のしはざ也」とあり、術をつかって人間を化かそうとする存在として、狐と狸が並び称されています。

■ぼろぼろでは特にない社頭

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。

しかし、この絵の室内には特にぼろぼろな造作にするといった要素は見られず、衝立やお裁縫道具にも壊れや汚れは目立ちません。


▼絹狸
ばけのかわごろも」とは「きつね/たぬき」そして「服に関係するもの」として対の存在になっています。最初から一対の存在として想定して描いたものであることはよくわかります。

「たぬき」を逆立ちさせて「きぬた」とした上で、「八丈絹」と「八畳敷」を組みあわせ、上からよんでも下からよんでもおなじ発音になる「きぬたぬき」という呼び名としています。

山岡元隣『百物語評判』でも狐と狸については巻2で情報を多く載せており、もともと石燕も利用している部分ではありましたが、うまいこと組みあわせることで「ばけのかわごろも」と対になる、あらたな妖怪をデザインすることに成功したわけです。

▼腹つづみ
狸たちの特徴ある動作として名高いもの。お腹をぽんぽんと叩いて音を鳴らします。『画図百鬼夜行』の「たぬき」でも、石燕は腹つづみを打ってたのしむ狸を描いています。

▼衣うつ
砧[きぬた]や布晒[ぬのさらし]のこと。木槌や手杵などで布地を叩いて、やわらかく、つやを出すための作業。よく和歌などにも詠まれて来ました。「玉川」は六玉川として有名な「擣衣の玉川」と「調布の玉川」が砧や布晒をする景観が絵画でも決まって描写されます。

「たぬき」と「きぬた」の相似と、「打つ」ということばの重なりから「腹つづみ」と「砧」などを繋げています。

お芝居の『恋娘昔八丈』(1775)では、萩原千種之介[はぎわらちぐさのすけ]と十六夜[いざよい]の道行の場面(実際は千種之介の見ている夢)に出て来る武蔵野が原な背景には、川で布晒をする娘たちが登場しており、「玉川」を採り込んでいるのは「八丈絹」ともうまく重なって来るわけです。

▼玉にゑんある八丈のきぬ狸
玉川と狸の睾玉の「たま」、狸の睾玉の八畳と八丈絹の「はちじょう」をそれぞれ掛詞して繋げて、その結果として「きぬたぬき」という画像妖怪がそれなのかも知れないネ――と石燕はおどけています。しりとりのように連想を繋げてゆく仕組みは「くつつら」などにも用いられている戯文の手法です。


up.2026.05.21

■絹狸
――石燕の手による画像妖怪



▼八丈絹…八丈島でつくられた布。はじめは御殿で着られる、とても高級なものであったぞ
▼『画図百鬼夜行』では、「かわうそ」に「人間に化ける」という場面の絵をつかってしまったので、別の特徴――猫(踊り)狸(腹鼓)狐(狐火)を使って、へんげ動物たちは描かれていたことを思い出すとよいぞ。睾玉のことについても向こうでは触れていなかったのぢゃ
▼瓦灯…倒れにくいように、重たい瓦のような材質の焼き物でつくられた照明器具
▼掛針…裁縫のとき、くけ台に布を引っ掛けてピシっと張るためにつかうものぢゃ
▼お裁縫道具…これらは「ふぐるのようひ」のまわりの道具たちと同様、大体『女用訓蒙図彙』で確認出来るぞ
▼恋娘昔八丈…お駒・才三のふたりを中心にした物語。実際に起こった「白子屋お熊」の事件を題材にした芝居で、1775年に浄瑠璃になり、1776年には歌舞伎としても初演されたぞ
▼白子屋…事件が起こった享保当時の狂歌には「白子屋[しろこや]を下から読めばおやころし聟を殺さん心おそろし」というものがあって『大岡仁政録』にも記載されているぞ。「しろこやおやころし」と「きぬたぬき」は同じ回文同士でもあるのぢゃ
▼お駒…城木屋お駒。芝居のなかでは白子屋を城木屋という名称にしているぞ。こちらでは死罪にされそうになるものの、事件の真相が語られることでめでたしめでたしとなるのぢゃ
▼黄八丈…◆『大岡仁政録』(白子屋阿熊之記)曰「お熊は引廻しの節 上には黄八丈 下には白無垢二ッを着し 本縄に掛り 襟には水晶の数珠を掛け 馬に騎りて口に法華経普門品を唱へながら引れしとぞ 此時お熊の着たるより世の婦女子 黄八丈は不義の縞なりとて嫌ひしは戯れ事の様なれども其は貞操の意[こころ]とも云べし 然るを近来[ちかごろ]其事を知る者も稀なり」
▼狐狸のしはざ…『徒然草句解』(巻6)曰「国のみだれんとする時 家のほろびんとする折など 種々のあやしき事あらはるるは其[その]前表にて 常に有事也」


▼狐と狸…『画図百鬼夜行』の「きつねび」や「たぬき」を描いた際にも『百物語評判』は用いられている参考書目だぞ
▼布地を叩く…『百人一首』にある藤原雅経の「みよし野の山の秋風小夜ふけてふるさと寒く衣[ころも]打つなり」も、砧を詠んだ皆の知る歌ぢゃ
▼六玉川…歌枕として古くから知られる題材ぢゃ。井出(山城国・山吹が名高い)三島(摂津国・擣衣)野路(近江国・萩が名高い)高野(紀伊国・毒があった)調布(武蔵国・布晒)野田(陸前国・千鳥の名所)があるぞ
▼千種之介…千草之介とも表記されるので作中での揺れがあるぞ
▼道行のときに語られる浄瑠璃にも「その玉章の玉川に調布さらす一ふしや」と「玉川」が出て来るぞ。武蔵野の情景づくしをしているからぢゃ
▼『和漢三才図会』(巻38・獣部)の狸の項でも、山家に侵入して囲炉裏の火で暖まっていると、そのうちに陰嚢が大きくなって、身体よりも大きくすることがある――といった「狸の睾玉」についての記載が見られるぞ。金箔をつくるとき、「狸の皮」に1匁の「金」を包んでたたきのばすと「八畳」にまで広がるというのが「八畳」という単位のモトだとは俗に謂われるぞ