古篭火
「ころうか」には、陰火・陽火に関する要素を活用した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、庭の石灯篭から生じる怪火を「ころうか」として描いています。石灯篭のうえに蹲[つくば]って、口からは火を噴いています。
もさもさ荒れ気味の大きな庭木のなかに設置されてる「ころうか」の乗る石灯篭の火袋には、日と月の両曜の穴が細工として空けられています。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いていますが、この「ころうか」については特に素材とした画像妖怪についてはハッキリしません。『百鬼夜行絵巻』の扇の妖怪などは、表情や膝足の寸づまり具合が近いのかも知れませんが、灯篭や火を噴く様子などにピシッと重なる画像要素が絵巻物の側にはありません。
灯篭の画像妖怪がもともと行列のなかにはいないからです。
また、『徒然草』の本文にも「灯篭」が話題として出て来ることはありませんが、ひとのあだ名についてを述べている223段の註のなかには「灯篭」の話題が見られることがあります。
高田宗賢『徒然草大全』(1677)にある223段の註(巻下5・八十七)では「此段は彼[かの]小松どの灯篭をこのみ給へるゆへ とうろのおとどといひしたぐひ」と『源平盛衰記』での平重盛のあだ名「灯篭の大臣」を示しており、『徒然草』と「灯篭」が完全に無関係過ぎるものではないことはわかります。
『百鬼夜行絵巻』の画像妖怪を素材にしてつくった――ということを中心に考えれば、「灯篭」という要素は、画題をソレと先に定めた上で、あとから画像妖怪をくっつけてつくった要素だと言えるのかも知れません。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
石灯駕は庭に置かれるものですが、そのまわりに生えている庭木たちは随分と枝がぼうぼうになっていたり、折れていたりする様子が描かれていて、少し荒れ気味になっているようです。
『徒然草』の10段には、家づくりや庭づくりについての文章があり、「ころうか」の絵としての「てんじょうなめ」との共通発想は、そこを起点にしていると見られます。
10段の文章には「木だち物ふりて」や「前栽の草木まで心のままならず」など庭木に関する批評がありますが、「時のまの烟[けぶり]ともなりなんとぞ」ともあり、どんなに豪奢なつくりを誇る家や庭でも、火にかかればアッという間に煙になってしまう――という突き放し方も兼好法師はしています。
また、『唐詩選』にある杜甫[とほ]が荒れ果てた宮殿の様子を詠んだ「玉華宮」という漢詩に出て来る「陰房鬼火青 壊道哀湍瀉」――の「鬼火」についても、ぼろぼろな御所つながりでは外せません。『唐詩選国字解』(1782)の註(巻1)でも「玉華宮の内にはいってみれば亡霊の火などが見ゆる これ有るまじき事なれども かのさびしき体を云までの事ぢゃ」などの解説の文言が、この「鬼火」の箇所にはあります。
おなじく『唐詩選』の崔署[さいしょ]の「早発交崖山還太室作」にある「川氷生積雪 野火出枯桑」――の「野火」も、「木が自然に発する陽火である」あるいは「鬼火である」と解釈されていました。
このような荒れ果てた宮殿に出る「鬼火」や、冬の寒いときによく発生すると考えれた木から自然に生じる「陽火」も、石燕が「絵」で示そうとしている「ころうか」な「火」とは、深く関係があると言えます。
▼古篭火
「てんじょうなめ」とは「庭のこと/家のこと」あるいは「明るい火/暗い灯火」の対の存在になっています。最初から一対の存在として想定して描いたものであることはよくわかります。
山岡元隣『百物語評判』でも陰火・陽火についてはいくつもあつかっており、ほとんど填詞の内容としては重なって来ています。
▼陰火[いんか]陽火[ようか]鬼火[きか]
陰火は熱を発しないで光る火、陽火は熱を発して燃える火。「きつねび」などをはじめとした怪火も「陰火」で、物を燃やしたり、暖めたりするちからはないとされます。
鬼火は、人間の血などから生じる陰火・燐火で、いわゆる「おにび」などのこと。
石燕がここで「陽火」にもハッキリ言及をしている点から、『百物語評判』や『唐詩選』の註で言及されている「木から自然に発生する陽火」を意識していることがうかがえます。
▼古戦場には汗血のこりて鬼火となり
戦[いくさ]で死んだり手負いをしたりした武将や軍兵たちの血が地中に残って、ソレから発生するとされる燐火のこと。石燕は「こせんじょうのひ」で既にソチラの内容は絵にしています。
『百物語評判』には、燐火を発生させる血について、「人の血のみにかぎらず 牛馬などを殺せし野原なども其血のかたまり残りたる処はかならずもゆるものなり」(巻4)とあります。
馬の血が燐火としては燃えやすいという情報もあるので、そこを意識して「汗血」(汗血馬)としているのかも知れません。
▼いまだ灯篭の火の怪をなすことをきかず
人々からふしぎと思われる陰火・陽火・鬼火のような事例を灯篭の火では耳にしたことがないが、それがこの「ころうか」という画像妖怪がそれなのかも知れないネ――と石燕はおどけています。
填詞[かきいれ]で示す石燕の戯文の特徴として、「あるもの」を戯文として示して、それと比べてみて「ないもの」を自分のこしらえた画像妖怪を出す形式が多く見られるわけですが、「ころうか」もその流れで填詞がつくられています。
up.2026.05.22
■古篭火
――石燕の手による画像妖怪
▼両曜…「日・月」のかたちの穴を空けるのは灯篭にはよくある細工ぢゃ。『画図百鬼夜行』の「たぬき」の絵に描かれている石灯篭も「日・月」の穴が空いているから見比べてみるとよいぞ
▼木だち物ふりて…古びた良い自然なたたずまいの庭木
▼前栽の草木まで心のままならず…過剰なまでにキッチリ手入れをしている庭木
▼あだ名…「たづのおとど」(田鶴の大臣)と呼ばれていた藤原基家についてのことが223段では語られているぞ。基家は幼名が「たづ」だったので、それがそのまま通称になったもので、鶴[たづ]を飼っているからではないぞ――という例
▼平重盛…平清盛の子、小松内大臣。智勇兼備の良将と評されますが、福原京や平家栄華の行く末がぼろぼろになったことは時の流れも知るところぢゃ
▼灯篭の大臣…『源平盛衰記』には、平重盛が滅罪のために四方に12個ずつ、48の仏像と48の灯篭をつくり、48人の女房たちに「心の闇の深きをば 灯篭の火こそ照らすなれ 弥陀の誓ひを頼む身は 照らさぬ所なかりけり」という今様[いまよう]を謡わせたという説話が出て来るぞ
▼玉華宮…◆『唐詩選国字解』(巻1)曰「此宮は唐の太宗の建られた至極さっとした離宮ぢゃ」
▼枯桑出野火…『唐詩選国字解』では「野」を「墅」として桑の木々の間からみえる農家で茶などを煎じている火だとする説――◆『唐詩選国字解』(巻1)曰「百姓家で茶でも煎ずる火の事。百姓の庭などに桑の種[うえ]てあるものぢゃ 其木の葉が落ちたものぢゃによって 内で焚く火が桑の木の間より見ゆる」と、「野」をそのまま見て木が発する火であるとする説――◆『唐詩選国字解』(巻1)曰「さむい時分は枯[かれ]た木などから自然に火が出るものぢゃ」と解いているぞ
▼木が自然に発する火…『百物語評判』の「つるべび」(巻1)のなかでも木が発する「陽火」であるとして明確に言及されているぞ
▼陽火…『百物語評判』(巻1)曰「うごくは陽の用 しづまるは陰の用なれば 其木のもみあひ侍るにて陽のわざをなして陽火と変じはべるなり」
▼あるもの…鬼火や陽火がここでの「あるもの」であって、そのような流れのなかにないものが「ころうか」でないと戯文自体が成立せぬのぢゃ