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ふぐるまようひ

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

ふぐるまようひ

文車妖妃

「ふぐるまようひ」には、『徒然草』と木下長嘯子[きのしたちょうしょうし]の詠んだ「しみのことば」の歌を活用した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。本文と目録とのあいだには「ようび」と「ようひ」、「妃」と「妣」の揺れがあって、ドチラとも定めがたい部分はあります。

まえへつぎへ

■手箱から妖怪いっぱい出るぞ

石燕は、綺麗な模様の大きな手箱[てばこ]を破って、なかからたくさんの妖怪たちの噴出しているのを眺める大きな妖怪として「ふぐるまようひ」を描いています。左の袖[そで]で顔をおおう袖襖[そでぶすま]をしており、飛び出す妖怪たちから顔をチョットそむけているようです。

「ふぐるまようひ」が右手に持っているのは、填詞から考えると長い巻紙にしたためられた手紙のほうの「文」[ふみ]のようです。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして「ふぐるまようひ」をつくっており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている大きな革篭[かわご]と、そこから出て来ている妖怪たちを、「ちりづかかいおう」に活用した唐櫃[からびつ]とおなじように設置することで「素材」に活用していることがわかります。

主役が「妃」であるということで、革篭を大きな「小箱」に置き換えてリデザインしていますが、革篭から飛び出していた大きな黒い腕の妖怪や、鋏[はさみ]の妖怪などの妖怪たちも、小間物な仕出し妖怪たちとしてそれぞれリデザインが施されています。

■調度品がいっぱいありますのぢゃ

また、絵のなかでは『百鬼夜行絵巻』とは関係なく、文[ふみ]・枕[まくら]・櫛[くし]・髢[かもじ]・文箱[ふみばこ]などの妖怪たちが散らかってあり、兼好法師いうところの「いやしげ」な調度品状況になっています。

『徒然草』72段では、ごちゃごちゃと調度品が居間に多量にあるのは「いやしげなるもの」と述べられているわけですが、高田宗賢『徒然草大全』(1677)の註(巻上5・七十二)には「調度は種々の道具の惣名也 ここにては手具足[てぐそく]也 いたるひざもとに種々の道具あつめをきたる」とあります。

このごちゃごちゃ加減は、「ふぐるまようひ」が坐っている周りに調度品をいっぱい並べている様子とも重なってくる状況設定のようです。

■ぼろぼろな御簾の古御所

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定で描いていますので、「ふぐるまようひ」の絵では、几帳[きちょう]が御所らしく、大道具として描き込まれています。

ぼろぼろさは、几帳よりも「ふぐるまようひ」の衣裳のほうに表わされていて、袖[そで]や袴[はかま]に穴が空いたすがたで描かれています。

■文車とあるけれど文車は

この「ふぐるまようひ」の絵としての最大の特徴は、呼び名の素材になっている「文車」[ふぐるま]そのものは全く必要がない・絵としても描かれていない点です。

いちばんの理由としては、「文車」の妖怪も「文車」そのものも、もともと『百鬼夜行絵巻』に登場していないことにありますが、呼び名は単に呼び名であって、絵としてデザインされた画像妖怪にソレが含まれていない以上、関係ないものになるのは当然だとも言えます。

「文車」の絵は、『徒然草絵巻』はモチロンのこと、『徒然草大全』などでも72段の箇所に挿絵つきで紹介されることはしばしばだったので、「ふぐるまようひ」の絵に「文車」や「文車のふみ」(書籍)は登場しておらず、ソレ自体は無関係だということは、江戸ッ子でも絵ですぐにわかることだったと言えます。


▼文車妖妃
ちりづかかいおう」とは「文車のふみ/塵塚のちり」として対の存在になっています。「王/妃」を含む命名からも、最初から一対の存在として想定して描いたものであることはよくわかります。

▼文車
書籍を積んで運ぶための小型の車のこと。『徒然草』(72段)では数が多いと「いやしげなるもの」に対する「みぐるしからぬもの」として挙げられている「文車のふみ」を、画像妖怪の呼び名の素材として石燕は持って来ていますが、「文車」そのものはまったく関係なく、絵にも登場しません。

高階楊順『徒然草句解』(1661)の註(巻3・七十四)では「文車の文はおほしとていやしきにあらず 前聖往賢の言行をしり 己をたださん為なれば也」とあり、「文車」そのものが登場してしまうと「書籍」がメインになってしまうこともよくわかります。

▼古しへの文見し人のたまなれや
木下長嘯子(1569-1649)の「しみのことば」と題した「こころとめ文[ふみ]見しひとの亡魂[なきたま]や思えばあかぬ蠧[しみ]となりけん」という歌で、石燕の書いているような「いにしえの……」というかたちでも広められていたようです。

長嘯子は「しみ」に対して「一生文[ふみ]のなかにて世をつくすも いかなるちぎりにかとあはれなり 来世若仏とやらんいふものになりそこなひたらば をのれも一定 このものには成[なり]ぬべくこそ」と歌に添えており、填詞につづいて出て来る「かしこき聖」を長嘯子のことと見れば、この文につづく「執着」にまみれた恋文との良い落差が生じるという仕組みです。

▼白魚
石燕は「白魚」で「しみ」の用字としています。『和漢三才図会』(巻53・化生類)では異名のほうに、『書言字考節用集』(巻5・気形門)にも割注のほうに「白魚」の字は掲載されているので、意識的に「衣魚」ではないほうを選択して用いていることと見えます。

▼玉章
手紙のことで、「千束[ちづか]の玉章[たまずさ]」は「たくさんの手紙」という意味です。「ふぐるまようひ」の「文」は書籍ではなく手紙という設定になっており、恋文に入っている「執着の思い」が主眼になっています。

玉章たちの「執着」が「ふぐるまようひ」になったのかも知れないネ――と石燕はおどけているわけですが、対となる「ちりづかかいおう」と結びつけている「やまうば」は「妄執」から生じたとしているわけですので、うまく煩悩から生じるものとしても落とし込んだ設定に創っていると言えそうです。


up.2026.05.19

■文車妖妃
――石燕の手による画像妖怪



▼手箱…『女用訓蒙図彙』(1687)での絵などと並べてみると「手箱」の特徴がいちばん近いようぢゃ。『大佐用』vol.336「鐙口の毛皮と口」
▼袖屏風…顔の左側の部分が袖屏風なのか、被衣のようなものなのかは見る者によってバラつきが出るところだぞ。しかし例えば月岡芳年は『一魁漫画』(1867)のなかで「ふぐるまようひ」の画像要素のみを抽出した仕出しの画像妖怪に、両袖を上げておどろかすような手つきをさせていて、「袖」である解釈を採っているようぢゃ。『大佐用』vol.107「文車妖妃の袖屏風」
▼革篭…河鍋暁斎が所蔵していた『百鬼夜行絵巻』断簡(河鍋暁斎記念美術館)はじめ、道具名がいちいち添えられている形式の『百鬼夜行絵巻』には、「かはこ」(かわご)であることは添えられているぞ
▼文…「巻紙」と「封じ文」がごちゃごちゃ散乱してるぞ
▼調度品…◆『徒然草』(72段)曰「いやしげなる物 ゐたるあたりに調度のおほき」
▼いやしげなるもの…「調度」の他には、多い筆・やたらと居室に多い調度品・持仏堂の仏像・庭の草木・家のなかの子供・長いあいさつの言葉・願文の作善などがあげられておるぞ
▼手具足…手まわりの日常の道具。手道具
▼几帳…室内を仕切るために掛ける「とばり」ぢゃ
▼絵に描かれていない文車…画面に絵として不在で留守ぢゃ、という事態は「あみきり」に「網」が描かれていないということにも近いが、「ふぐるまようひ」の場合は「文車」ということばを分解して「文」を恋文の「ふみ」に変形させてる結果なので、逆に描かれていないことのほうが自然ということだぞ
▼徒然草絵巻…『徒然草』の各段の内容を絵にして描いてある絵巻物ぢゃ。「文車」の話題の箇所にはキチンと書籍を積んだ「文車」が描かれてるぞ
▼挿絵…『大佐用』vol.235「しおりのぞき」にも『徒然草大全』での「文車図」の挿絵を載せたぞ


▼文車のふみ…文車にたくさん乗せた書籍や巻物
▼前聖往賢…むかしの偉いひと
▼長嘯子の歌…下の句は「しみとなりけん」と「しみとなりけり」どちらの記載例もあるようぢゃ。◆『挙白集』(「しみのことば」)曰「こころとめふみみし人のなき玉やおもへばあかぬしみとなりけん」
▼しみ…◆横井也有『百虫譜』曰「蝿[はえ]は欧陽氏に憎まれ 紙魚[しみ]は長嘯子にあはれまる」
▼聖…ひじり。出家のことぢゃ
▼玉章…◆近松門左衛門『三世相』曰「恋慕内に動いて色外にはなやかなり。百束[ももづか]千束[ちづか]の玉章すべて夫の心を迷はし」◆『道行法の蘆分船』曰「弘誓の船の水馴棹 差す手引く手に徒人の 送る千束[ちづか]の玉章も 明けて言はれぬ我が身のつらさ 悟れば清き法[のり]の道 迷へば濁る恋の淵」
▼妄執…迷妄に執着することを「妄執」というので「執着」と意味合いはおなじようなものぢゃ