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たいまつまる

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

たいまつまる

松明丸

「たいまつまる」には『徒然草』と『太平記』に関連した戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。絵の見出しは傍訓がついていませんが目録の側に「たいまつまる」とあるので、よみ方はハッキリしています。

まえへつぎへ

■天狗たちのいるのはヤハリ杉の木

石燕は、「てんぐ」たちの発生させる火と関与させて「たいまつまる」という両腕に火をともした怪鳥のような妖怪を描いています。火は両腕のみではなく、頭や尾羽も燃え立つ火が包んでいます。

周囲には大道具として杉の木が大小とりまぜて配置されており、深山幽谷の景観となっています。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている両手に火を持った鳥の画像妖怪を素材にしています。

『百鬼夜行絵巻』に描かれている、両手に火を持った鳥の画像妖怪は、住吉家に伝わっていたとされる作品に添えられた書き入れには「魔縁」[まえん]であると明記されており、鳥の顔をして翼のあるすがたから、「天狗」だと広く想像 されて来たことはうかがうことが可能です。

石燕は、絵巻物のデザインそのものを描いているわけではなく、両手に火を持った鳥の妖怪には存在していた衣裳要素(領巾や腰布)をすべて取り去っています。その上でさらに、腕そのものを松明[たいまつ]に改造しており、完全に別個の画像妖怪としてリデザインしていることも明白です。

■たいまつはどちらの文字

「たいまつ」は、『書言字考節用集』(巻7・器財門)では「束苣・炬火・明松・続松」などの字があてられているほか、『和漢三才図会』(巻58・火部)のでは「炬・松明」などの字が見られます。「明松」と「松明」ドチラでも良かったのだと思いますが、石燕は『和漢三才図会』のほうを採って「松明」のほうを積極的に採ったようです。

『徒然草』の19段には四季の情景が並べたてられているのですが、そのなかでは冬の景色に「松どもともして」――と松に火をともしたあかりが登場しており、そこから「たいまつ」を『百鬼夜行絵巻』の鳥の妖怪に合成させることを持って来たと見られます。

■ぼろぼろにするのは世の中のほう

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。

この絵では、「てんぐ」たちが寄り集まる山の杉の木が大道具に立てられているので、ぼろぼろさを醸し出す建物などは見られませんが、『太平記』の世界で天狗たちが杉の木のうえに大集合して画策していたのは、世の中を戦乱で乱すことですので、引いては繋がる大要因ではあります。


▼松明丸
ぶらぶら」とは「明るいあかり同士」の画像妖怪として対になっており、その対の立て方は上巻での「ころうかてんじょうなめ」とも重なるものだと言えます。このことからも、最初から一対の存在として想定して描いたものであることはよくわかります。

▼松明の名はあれども
「たいまつまる」は「たいまつ」と呼び名はついていますが――といった意味。

▼深山幽谷の杉の木ずえをすみかとなせる天狗の
深山幽谷に生えている「杉」に暮らしている「てんぐ」たち。

「たいまつ」の「松明」という文字は「松の木」ですが絵のなかで展開させている妖怪も景観も「杉の木」であるというくすぐりです。

「まつ」という音があればよいわけですが、このように字の「見た目」としての必要箇所があったので「たいまつ」には「炬火」や「束苣」ではなく「松」の字が用いられている字でないとすわりが悪かったことはわかります。

▼天狗のつぶて
「てんぐつぶて」のこと。天狗たちが投げて来る、あるいは落とすような音をさせて来るとされた石ころ。

▼石より出る光
「てんぐつぶて」の石から出る光が、もしかしたら松明のような天狗のようなこの「たいまつまる」という画像妖怪かも知れないネ――と石燕はおどけているわけです。

石燕は、この填詞[かきいれ]でも、よく知られている「あるもの」と「ないもの」を対比させて、後者を自身のつくった画像妖怪に添加するかたちで「たいまつまる」を位置づけています。「杉の木に暮らしてる天狗たちの天狗礫」からでる火や光では全然ないこと自体が前提となっている構成の戯文になっています。


up.2026.05.27

■松明丸
――石燕の手による画像妖怪



▼松明…木をたばねた物の先に火をつけた照明
▼両手に火を持つ…『百鬼夜行絵巻』の鳥の妖怪の両手自体には桴[ばち]のようなものが握られており、その先のほうの空中に「火」はそれぞれ出ているぞ
▼魔縁…悪魔・魔民のこと。「てんぐ」たちとは同義ぢゃ
▼住吉家…住吉如慶が1617年に写した「妖化物之絵」(ばけもののえ)として伝わっていた作品を、1829年に狩野養信が模写したのが東京国立博物館に現在のこっているぞ
▼領巾…肩にふわふわと掛けている細長い布。天衣[てんね]とも
▼たいまつ…『書言字考節用集』などで「たいまつ」が「器財門」に配置されていることも、『画図百器徒然袋』に「たいまつまる」が創作されている(器物の妖怪たちの仲間とされている)理由のひとつとしては位置づけられそうです
▼松どもともして…◆『徒然草』(19段)曰「つごもりの夜 いたうくらきに松どもともして 夜半[よは]すぐるまで人の門たたき走りありきて何事にかあらん」
▼画策…『太平記』の世界では、「てんぐ」たちが魔王たちの手助けをして世の中を乱す活動や、毎日熱鉄を飲まないといけない天狗道の苦しみを受ける生活などが描写されるぞ。このように天狗たちが世を乱すという設定は、のちの曲亭馬琴『椿説弓張月』(1807-)などにも引き継がれた世界観だったし、幕末まで源平・足利の時代からの武家の世の乱れを憂う思想構造にも『太平記』は根強く読まれておったぞ。◆『参考太平記』(巻25)曰「天狗共の仁和寺の六本杉にて評定しける事をきっと思ひ出して」


▼深山幽谷…「てんぐ」たちが深山幽谷の妖怪であることは『百物語評判』の天狗の項(巻3)でも説明されているぞ。◆山岡元隣『百物語評判』(巻3)曰「魑魅といひ魔の障碍[しゃうげ]などいふ 皆[みな]爰許[ここもと]に申す天狗の事なるべし 是れ皆[みな]深山幽谷[みやまふかきたに]にすむ魑魅[ちみ]の類なり」
▼石より出る光…石を強くぶつけると火花が飛んで光が出ることは自然の道理ぢゃ
▼天狗礫…既に石燕の描いている「てんぐつぶて」の絵にも「杉」の木たちは大道具として使われているし、「深山幽谷」という単語も定式のように用いられているので確認すると良いぞ