蓑草鞋
「みのわらじ」には白楽天の漢詩に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、体が蓑[みの]、足が草鞋[わらじ]になっている妖怪として「みのわらじ」を描いています。蓑の紐[ひも]も手になっており、肩に鍬[くわ]をかついでいます。同様に、草鞋の紐も、それだけが上にのびることで脛[すね]から股[もも]までを表現しており、独特のかたちをつくっています。
背景は雪をかぶった竹たちが描かれており、ねずみ色の地つぶしを巧く配置することで輪郭線を出さずに白い雪を見せる木版印刷ならではの表現を駆使しています。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている草鞋[わらじ]の画像妖怪をリデザインしたものだと見られます。
草鞋の妖怪は、顔が草鞋で、全身が藁[わら]か俵[たわら]で包まれているようなデザインなので、蓑が主体にはなっていないため、石燕は草鞋の妖怪を素材としては用いてはいるものの、基本的にはあらたに「みのわらじ」という蓑を主体にした画像妖怪をいちからデザインしているとも言えます。
『徒然草』で蓑がメインに登場するのは、188段にある登蓮[とうれん]法師のはなしです。「ますほのすすき」と「まそほのすすき」の違いについてを、わたのべの聖[ひじり]が知っているらしいということをたまたま座中で耳にした登蓮法師は「どなたか蓑と笠を貸してくだされ!! すぐに聖のもとへ参ります!!」と叫んで蓑笠を借り、そのまま駈け出していってしまうはなしで、晴れる前にワシか聖が死んだ場合、くやんでもくやみきれない――「人の命は雨の晴れるのを待ちなどしない」という、物を追究する立派な態度を兼好法師は褒めています。
登蓮法師のはなしのお天気は「雨」ですが、「みのわらじ」では「雪」になっています。
雪のなか、蓑をつけて鍬[くわ]をかついで竹林にいるのは、誰が目にしても『二十四孝』にある「孟宗」[もうそう]の絵が下敷きになっていることは、よくわかります。
石燕が「みのわらじ」の絵の天候を「雪」に設定したこと自体も、「蓑」からの連想による絵づくりであると考えらるでしょう。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
「みのわらじ」の舞台設定は戸外、しかも雪の降り積もっている竹林なので、特にぼろぼろさを感じさせるような建物なども登場していません。
▼蓑草鞋
「みのわらじ」は中巻の最後の半丁にあたり、見ひらきでの対応はありません。
しかし「ははきがみ」で展開されている「はしたなく吹いた野分」と重ならないように、静かな雪を採ったと見れば、動と静との対比になっているのかも知れませんし、物語や芸能に引用された結果として、人々に広く知られるようになった白楽天の漢詩を活用している点で、填詞が「対」の関係になっていることは確実に言えます。
▼雪は鵞毛に似て飛でさんらんし 人は鶴裳[かくしゃう]をきてたって徘徊せし
白楽天の「酬令公雪中見贈」という漢詩に出て来る「雪似鵞毛飛散乱 人被鶴裳立徘徊」を踏まえたもので、詩語や雪の形容として広く用いられて来ました。能『鉢木』でも、雪の降っている景観の形容として、この文句がそのまま用いられています。
鶴裳[かくしょう]というのは、雪がのって白くなった蓑[みの]を、真っ白い鶴[つる]の羽でつくった衣にたとえたもので、そのまま雪景色のなかで蓑を着ているひとのことを表わします。
▼その蓑[みの]の妖くわいにや
雪のなかを歩いているひとの鶴裳のような蓑のような、この雪のなかにいる「みのわらじ」という画像妖怪もそのような詩情あふれる存在かも知れないネ――と石燕はおどけているわけです。
親孝行のために雪のなかを行く孟宗や、白楽天の漢詩の詩情と、「みのわらじ」に落差があることが、おかしみのポイントにはなっています。
また、石燕によるこの填詞[かきいれ]では、「みのわらじ」がハッキリと「妖怪」[ようかい]だと明示されており、「うんがいきょう」とおなじく当時の江戸の人間たちの「妖怪」ということばの位置づけも、端的にわかる文章になっています。
up.2026.06.03
■蓑草鞋
――石燕の手による画像妖怪
▼蓑…雨や雪のときに身につけて、体が濡れないようにするもの
▼草鞋…藁[わら]で編んであるはきもの
▼草鞋の妖怪…『百鬼夜行絵巻』の草鞋の妖怪は、手足をジックリ眺めてみると獣の手足になっているぞ
▼ますほ・まそほ…『万葉集』にある和歌の解釈のうえでどちらが正しいのかという論争があるもの。意味としては「赤い」ということで、「赤いすすき」を示しているぞ。登蓮法師は和歌を深く研究していた僧侶であることがわかるのぢゃ。『大佐用』vol.285「しおりのぞき」でも登場しておるぞ
▼孟宗…『二十四孝』で紹介されている孝行者のひとりぢゃ。寒い冬の日にたったひとりの肉親である病身の母が「たけのこ」を食べたがったので探しに出たが、季節でないものを見つけることが不可能であったので困り果ててしまったぞ。なす術のない孟宗が天に祈ると、大地と雪をつらぬいて「たけのこ」が出て来たのぢゃ。◆能『竹雪』曰「かの唐土[もろこし]の孟宗は 親のため雪中に入り笋[たかんな]をまうく」
▼野分……強く吹く風、嵐
▼はしたなく…◆『平家物語』(巻6)曰「野分[のわき]はしたなう吹いて 紅葉 皆[みな]吹き散らし落葉頗る狼藉なり」
▼填詞での対…「ははきがみ」では白楽天の「林間煖酒焼紅葉…」が、「みのわらじ」では白楽天の「雪似鵞毛飛散乱…」が使われているのぢゃ
▼鵞毛…鵞鳥の白い羽毛を雪にたとえたものぢゃ
▼鶴裳…本来の漢字は「敞+毛」な漢字ぢゃ。鶴の羽でつくられた衣のこと
▼雪景色の中で…◆近松門左衛門『最明寺殿百人上臈』曰「然れば今降る雪も もと見し雪に変[かはら]ねども 我は鶴裳を着て立て徘徊すべき 袂[たもと]も朽て袖[そで]狭き 細布衣[ほそぬのごろも]陸奥[みちのく]の 今日の寒きを如何にせん あら面白からずの雪の日やな」
▼白楽天の漢詩の詩情…これが填詞でつけ加えられているのは「蓑」から「孟宗」の絵の構図がつくられたあと、その舞台面に登場する「雪」に合わせてのものだと考えられるぞ