雲外鏡
「うんがいきょう」には雲中子の用いた照魔鏡に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、舌をぺろんと出した鏡の妖怪として「うんがいきょう」を描いています。鏡立ての部分の雲が強調されてデザインされており、左右の先端部は手のような動作がつけられています。
「うんがいきょう」は、幕や几帳[きちょう]のように垂れさがった布のうしろから顔を半分みせています。鏡のなかに浮かんでいる目鼻口は点々で描画されており、ぼんやりと見えている様子を表現しています。
大道具としては、御簾[みす]や欄干が描き込まれており、御殿あるいは社殿の景観であることがわかります。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている鏡が顔になっていたり、几帳[きちょう]のうしろからのぞき込んだりしている官女たちの画像妖怪をリデザインしたものだと見られます。
この妖怪たちは同画面に描かれているので、要素が融合されていても違和感は少ないと言えます。
「うんがいきょう」が鏡である点は、鉄漿[おはぐろ]をつけている妖怪を映している鏡が顔になっている妖怪。布のうしろから覗き込んでいる点は、その様子を几帳のうしろからのぞき込んでいる官女の妖怪。それぞれの画像要素から引き出されたものなのでしょう。
また、「めんれいき」の素材になっていると考えられる、変身途中の狐も「鏡」を手に持って自身の顔の出来具合を確かめており、コチラも同様に妖怪たちの用いる鏡として『百鬼夜行絵巻』には登場していますから、発想の上での関連性は高いと言えます。
『徒然草』のほうでは、「しゃみちょうろう」で挙げた134段に、三昧僧が自身の顔を鏡で見ながら世に無常と悲観を感じるはなしが出て来ますが、他にも191段では、「よき男の日暮れてゆするし 女も夜ふくる程にすべりつつ 鏡とりて 顔などつくろひ出づるこそ をかしけれ」――と、男女がサッパリ艶やかに身だしなみをする様子の描写と共に「鏡」を描写しています。
填詞[かきいれ]に金毛粉面な「きゅうびのきつね」と縁のある「照魔鏡」を引き出している点では、ありのままを映す前者も、美色に走っている後者も、ドチラも発想の繋がりとしてはありえる接続要素ではあります。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
御簾や欄干が描き込まれてはいるものの、それらにぼろぼろさは描き加えられていません。「かみおに」の絵に描かれていた鏡は右側のふちに欠けのようなものが見られましたが、「うんがいきょう」の鏡本体には特に瑕瑾は見られません。
▼雲外鏡
「すずひこひめ」とは「女のひとの品物」かつ「お神楽」な画像妖怪として描かれていて、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。
「うんがいきょう」で言えば、絵では「鏡と関係する妖怪」(素材になっている『百鬼夜行絵巻』の官女の妖怪たちや、あおにょうぼうなども含まれるでしょう)やを想起させて、填詞で「照魔鏡」(つまり妲己)を具体的に添えています。
▼照魔鏡[しゃうまきゃう]と言へるは もろもろの怪しき物の形をうつすよしなれば
「照魔鏡」[しょうまきょう]はもろもろの怪しい物の正体を映し出すとされます。
殷の紂王が妲己[だっき]の色香に迷ってしまったとき、妲己の正体が「きゅうびのきつね」であると見破ったのが照魔鏡だとされます。このはなしは、広く知られていましたから、石燕は、それを「鏡」つながりで填詞[かきいれ]に持ち出しているわけです。
▼その影のうつれるやと思ひしに
あやしい鬼魅や精怪などが「鏡」に映り込んだのかと思いきや――ということ。
冀[き]の地から妖気が洶々[きょうきょう]と湧き出てるのを察知して、妲己という存在をあやしんだ終南山の雲中子[うんちゅうし]という仙人は、持っていた「照魔鏡」を使ったところ、千年を経た老狐が妲己という美女に化けて朝歌[ちょうか]の都の紂王のところにいるということを鏡のなかに見た――といった内容が軍談や物語、お芝居では繰り返し用いられて来ました。
照魔鏡のような立派な鏡であれば、妖怪は鏡面に真のすがたなどが映るダケなのですが、「うんがいきょう」の場合は全然異なるということへ、内容が移ってゆくわけです。
▼動[うごき]出るままに此[この]かがみの妖怪なり
照魔鏡は妖怪たちを映すものなのだけれども、この鏡の妖怪の「うんがいきょう」は自分から動き出しているような鏡の画像妖怪なのだネ――と石燕はおどけています。
「あるもの」として雲中子[うんちゅうし]が妲己の正体をうかがうのに使った照魔鏡を提示しつつ、それとは異なり鏡そのものが動きだしてしまっているような妖怪として「うんがいきょう」を示しているのも、『画図百器徒然袋』に多用されている戯文の形式で、「あるもの」の能力とは無関係な「ないもの」としての落差を読ませる内容となっています。
「うんがいきょう」の呼び名に用いられている「雲外」ということばも、「照魔鏡」の持主である「雲中子」の名にある「雲中」を逆さまに見たものと考えると、生成過程は掴みやすいのかも知れません。
また、石燕によるこの填詞[かきいれ]では、「うんがいきょう」がハッキリと「妖怪」[ようかい]だと明示されており、「みのわらじ」とおなじく当時の江戸の人間たちの「妖怪」ということばの位置づけも、端的にわかる文章になっています。
up.2026.06.05
■雲外鏡
――石燕の手による画像妖怪
▼鏡立て…神前に立てられるような鏡の鏡立てには雲のかたちがあしらわれることが一般的にも多いぞ
▼点々で描写…雲霞や波浪あるいは気などの描線を点々のかたまりや点線で表現することは木版画では古くからおこなわれていたもの。「彩色画」以外の場――つまり「単色」でしか表現が出来ないときの手段としてとられていたぞ。「おさこうぶり」や「てんじょうなめ」などの絵もあわせて眺めるのぢゃ
▼几帳…室内に仕切りの役割で立てられる布。とばり
▼ゆする…髪を洗って、綺麗にととのえることぢゃ
▼すべりつつ…席を外して奥の部屋に入ることぢゃ
▼金毛粉面…『通俗列国志』などでの形容。金毛玉面・金毛白面とも。いずれも意味するところはおなじぢゃ
▼美色…「たまものまえ」も参照するのぢゃ
▼紂王…殷の最後の王。聡明で勇力ある君主だったが、崇侯虎の報告から存在を知った妲己[だっき]の美色に迷って身を滅ぼしてしまったのぢゃ。◆『通俗列国志』(巻1)曰「崇侯虎 列を出て奏して曰 冀国侯蘇護に女[むすめ]あり 容儀世に勝[すぐ]れて美色双[なら]ぶ者なし」
▼妲己…蘇護[そご]のむすめ。絶世の美女だったが、おはなしでは九尾狐に喰い殺されており、そのすがたに化けた九尾狐が紂王に取り入って、国を傾け、王朝の滅亡をもたらしたのぢゃ。◆『通俗列国志』(巻1)曰「九尾の狐 金毛粉面なるが飛来て 妲己が臥したる榻[ゆか]の辺に近[ちかづ]く 彼妾[かのせふ]短剣[まもりがたな]を抜いて斬付るに忽然と灯燭[ともしび]皆滅[き]えて忽に死す 狐[きつね]遂[つひ]に榻[ゆか]に上りて寝[いね]たる妲己が精血[せいけつ]を吸尽[すひつく]して 其[その]魂魄[こんぱく]を絶し 其の躯殻[みがら]に入り代りて帳中に臥す」
▼冀…冀の国は、妲己のふるさと
▼洶々…もくもくと湧き出る様子を示すことばぢゃ
▼千年を経た老狐…◆『通俗列国志』(巻1)曰「千載の老狐の状[かたち]落て商の都にあり 雲中子浩然として嘆じて曰 吾[われ]此邪魅を除かずんば生民[せいみん]を陥[おとしい]れて商の国を亡さん」