鳴釜
「なりがま」には「はくたく」に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、竈[かまど]の近くに膝をついて絵馬[えま]を両手で差し上げている釜[かま]の妖怪のすがたで描いています。身体は黒い毛のようなもので包まれていて、手足も毛深くなっています。頭はまるごと釜で、頭頂部の左右からはひとすじずつ、火が立ちのぼっています。
舞台設定は台所のようで、左手奥にお供えされた荒神松[こうじんまつ]、水の入った手桶[ておけ]、「なりがま」の下には蓋[ふた]や竈に設置する銅壺[どうこ]が散らばっています。
「なりがま」の差し上げている絵馬は「鶏」の描かれている絵馬で、竈の荒神さまにお供えするものとして市中で荒神松といっしょに販売されていたものです。この鶏の絵馬は「虫よけ」になると考えられていて、「ひまむしにゅうどう」の絵で描かれている竈にも同種のものが描かれています。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている釜の画像妖怪をリデザインしたものだと見られます。
頭が釜になっている点、黒い毛のようなもので身体が包まれている点など、石燕は『百鬼夜行絵巻』の釜の妖怪の画像要素をかなりそのまま活用しています。立ちのぼっている火も、ほぼ共通している画像要素です。
『徒然草』には仁和寺の法師という、頭にスッポリと鼎[かなえ]をかぶって踊りまくって大変なことになった著名人物が53段に登場していますが、61段にはお産のときには甑[こしき]を屋根のうえから落とす――という古くから伝わる安産のおまじないを掲載していたりして、台所道具を用いたおまじないについてをハッキリ載せてもいます。
甑は「甑鳴」として、うなり声を立てることが妖怪として認識されてもいましたから、「なりがま」との接続も自然です。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
銅壺も蓋が吹っ飛んでいたり、穴が空いていたりとぼろぼろですし、散らばって落ちているふちの欠けた小皿や火箸なども荒れた雰囲気を出しています。
▼鳴釜
「ごとくねこ」とは「いろり/かまど」な厨火に関連する画像妖怪として描かれており、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。
「なりがま」の持っている絵馬には鶏が描かれているわけですが、鶏は「鶏の五徳」といってコチラはハッキリと五徳が存在する生き物として知られていましたので、「ごとくねこ」との対比としての「絵」としての情報要素として確認する事が可能です。
▼白澤避怪図曰[はくたくひかいのづにいはく]
『白澤避怪図』にはこうあります――ということ。
『白澤避怪図』はしばしば描かれたり木版で摺られたりもしていた、「はくたく」の掛軸の絵。『白澤図』にあったとして伝えられている古代の妖怪たちの性質と名前が漢文で書き込まれてもいます。ですので、この填詞も『白澤図』の文章にならって漢文調になっています。
▼飯甑作声鬼名斂女[はんそうこえをなすきをれんじょとなづく]
ごはんを炊くためにつかう甑[こしき]から音を立てる鬼[き]を「れんじょ」(斂女)と名づけています――ということ。
「斂女」に関する内容は、『白澤避怪図』のなかにある内容が参照されていることが実際の『白澤辟怪図』にある文からわかります。系統の異なる資料では「ばじょ」(婆女)としているものもあり、書写過程でズレのある例もあるようです。
▼有此怪則[このくはいあるとき]
甑などが、ぶぉーーーーっと、うなり音を立てたときは――ということ。「竈鳴」や「甑鳴」「釜鳴」などと称して、古代から怪異として挙げられている現象で、よくないことの前兆だとされていました。
▼呼鬼名[きのなをよべば]其怪忽自滅[そのくはいたちまちおのづからめつす]
鬼の名つまり「れんじょ」(斂女)の名を声に出して呼べば消えてしまうぞ――ということ。
『白澤図』に書かれている妖怪たちには、対処方法として「相手の名前を呼ぶ」ということが豊富に存在しており、「怪異とその名前を認識すること」が基本にもなっています。ですから『白澤避怪図』に書き込まれる文章も、その大部分が「飯甑作声 鬼名斂女」や「竈前生米 鬼名水淡」といった具合に「(●性質)鬼名(●名前)」という順番で、性質・名前を並べることに注力しています。
『白澤避怪図』で「甑鳴」を発生させるものとして記載されている「斂女」のようなものが「なりがま」なのかもしれないネ――と石燕はおどけているわけですが、「なりがま」の填詞[かきいれ]は、ただ『白澤図』の調子で終わってしまっているダケですし、内容にそこまでの落差の要素はありません。言うならば「いきなり漢文調になっている」ということ自体が落差にはなっています。
up.2026.06.08
■鳴釜
――石燕の手による画像妖怪
▼釜…米を炊くときに用いる道具
▼荒神松…竈のまもりがみである「荒神さま」をまつるためにお供えしている小さい松の枝。キチンとしている屋敷や家だと、毎月あたらしいものをお供えするのぢゃ
▼銅壺…竈に設置して、煮炊きと同時にお酒をあたためたり、ちょっとした湯わかしをすることの出来る便利な道具。銅張りで、余熱が漏れない設計にもなっているのぢゃ
▼鶏の絵馬…◆『守貞漫稿』(荒神松売)曰「江戸にては鶏を画る絵馬を兼売る是また荒神に供するの料也 鶏の絵馬を荒神に供するは油虫を除くの呪[まじなひ]と江俗云伝へこれを行ふ」
▼甑…◆『徒然草』(61段)曰「ふるき宝蔵の絵に賎しき人の子うみたる所に甑[こしき]落したるを書きたり」
▼鶏五徳…◆『書言字考節用集』(巻10・数量門)曰「文・武・勇・仁・信」
▼白澤避怪図…掛軸として用いられていることが多いぞ
▼白澤図…古代の本物はまったく残されていないが、その形式を摸倣した『白澤精怪図』などの残存例はあるのぢゃ
▼飯甑…ごはんを蒸して焚くための道具
▼釜鳴…『事林広記』や『居家必用事類全集』に「釜鳴」、『吉日考秘伝』に「釜鳴日」、などとあるように、普通に見られる表記は「釜鳴」だぞ
▼斂女…『閑窓瑣談』後編の「怪事の説」にも『白澤避怪図』にある「鬼名」たちと重なる文字情報は見られ、斂女[れんじょ]も確認出来るのぢゃ。◆佐々木貞高(2世振鷺亭)『閑窓瑣談』後編 曰「釜鳴音[かまのなるおと]這[これ]を斂女と名[いふ]鬼[おに]の業[わざ]といふ」
▼婆女…◆林百助『立路随筆』曰「釜鳴 居家必用云 釜の鳴には其鬼名婆女[ばにょ]呼其名不為災 却為吉 又凡入夜鍋釜洗浄不乾 若乾主人心焦」◆『居家必用事類全集』(丁集)曰「釜甑鳴鬼名婆女 但呼其名字 亦不為災 却招く吉利」◆『事林広記』(己集巻10)曰「禳甑鳴法 甑鳴 但呼婆女七 即止 釜鳴不得驚 呼男子作婦人拝 或婦人作男子拝 即止 亦禳災」