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やまおろし

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

やまおろし

山颪

「やまおろし」には豪猪(やまあらし)に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。

まえへつぎへ

■わたしはとげとげな薑擦

石燕は、薬味をすりおろす「薑擦」(わさびおろし)の妖怪として「やまおろし」を描いています。頭は確かにとげとげしていて、薬味をすりおろすには好さそうな面構えになっています。足元には大きさからして大根[だいこん]らしき野菜も転がっていて、何をすりおろそうと心構えているのかは伝わります。

手足の爪も鋭くて、手には3本ずつ、足には2本ずつそれぞれ生えています。鼻のあたまにある丸い穴は「薑擦」をぶらさげておくためにあけてある穴を意識したデザインです。

「やまおろし」のうしろには杓子・たわしの置いてある流し台、その下には水嚢[すいのう]や貝杓子、足元には大きな擂鉢[すりばち]があり、台所の水まわりの景観であることが小道具・大道具たちで明示されています。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』の末尾近くに描かれている頭から背中にかけてとげの多くあるとげとげな画像妖怪をリデザインしたものだと見られます。

画像要素としては、右手を持ち上げた姿勢などが主にリデザインの参考にされていて、頭部に関しては石燕が結構自由により「薑擦」らしく改良改変しています。

「薑擦」は「わさびおろし」の呼び方で『和漢三才図会』(巻31・庖廚具)や『書言字考節用集』(巻7・器財門)に掲載されていて、表側で山葵[わさび]や生薑[はじかみ]、裏側にあるとげとげで大根[だいこん]もすりおろしていたことは示されているので、石燕がそのような道具を想定していたこともよくわかります。

■お大根は名物青物でござる

『徒然草』と言えば、いまでもよく語られる部類に入る68段の「つちおおね」(土大根)が武士になって助けてくれたはなしは、大根武者・大根の兵[つわもの]などとも称されて幅広く知られていましたから、ココがとげとげな画像妖怪を「薑擦」に接続されるのはわかりやすい経路です。

逆まわしに考えれば、生薑[しょうが]や山葵(わさび)や長芋[ながいも]ではなく、石燕の描いた「絵」に転がっているのが「大根」である理由そのものは、『徒然草』の68段を利かせたダケのものであるとも言えます。

■ぼろぼろさのすりきれる台所

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。

「やまおろし」のうしろにある流し台は角や足が既に壊れていて、洗い物をしようとすると水がぼとぼとこぼれてしまいそうなぼろぼろさになっています。

似たような背景設定は「しろうねり」でも用いられており、台所の仲間同士だと言えるかも知れません。


▼山颪
かめおさ」とは「台所にあるもの同士」な画像妖怪として描かれており、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。

山あらし・山おろしと接続させている点、山の幸を薬味としてすりおろす「薑擦」を画像妖怪に結びつけている点――などから言えば「やまおろし」は「山」を示しており、この見ひらきを「山/海」の対幅にして遊んでいると考えることも可能です。

▼豪猪[ごうちょ]といへる獣あり
豪猪・豪豬は、外国の山にいると考えられていた獣類。体の全身にするどいとげとげが生えていて「やまあらし」とも呼ばれているものです。

『和漢三才図会』(巻38・獣類)では「豪豬」として掲載されていて、豬[いのしし]のようなすがたで絵は描かれています。「魚虎」(巻49・魚類)の項では「魚虎」はとげとげな身体なので「豪豬」になることもあるとしていますが、石燕は特にソチラについては何も言及していません。

大田蜀山人『半日閑話』(巻12)などにある記述によると、1772年に島津家が南蛮渡来の「やまあらし」つまり「豪猪」を江戸に持って来たことがあって、公方さまにも御上覧にあげたというはなしが見られ、武家のあいだではよく知られていた「ちょっと前のニュース」でもありました。

▼山おろしと言ひて そう身の毛 はりのごとし 此[この]妖怪[ようくわい]も
「そう身」は「惣身」で全身、「はり」は「針」のこと。「やまおろし」の針のようにするどいとげとげのことを言っています。

既に「豪猪」のはなしはしておらず、「やまおろし」のはなしをしているようです。

▼名とかたちの似たるゆへに かく言ふならん
「豪猪」という名前のとげとげだらけの身体をしている獣――「やまあらし」が南蛮の地にはいるけれど、それに似てとげとげなこの「薑擦」の画像妖怪も似たような「やまおろし」という名前なのかも知れないネ――と石燕はおどけているわけです。

猪のようなものと「名前」についての並べ方は、『徒然草』14段にある「おそろしき猪[ゐ]のししも ふす猪[ゐ]の床といへばやさしくなりぬ」――と和歌のなかで採り上げられると粗野な存在もドコトナク優美になるものだ、としている手法が踏まえられているとも考えられます。
ソチラを念頭に置いて考えれば、填詞[かきいれ]にわざわざ「豪猪」を寄せて来た動機自体も、複合的に『徒然草』に着想を得たものだとも言えそうです。


up.2026.06.09

■山颪
――石燕の手による画像妖怪



▼薑擦…薬味などをすりおろすために使われていたもの。『和漢三才図会』(巻31・庖廚具)では銅製で表に密、裏に粗、別々なとげとげが配れている形状のものが既に紹介されているぞ
▼水嚢…漉水嚢。「みずぶるい」とも呼ばれるもので、こまかい目の篩[ふるい]のこと。擂鉢が近くにあることを考えると「みそこし」としての用途のものかも知れぬぞ
▼貝杓子…ものをすくう部分を貝殻でつくってある杓子。台所でよく使われていたぞ
▼擂鉢…食品をすりつぶすために使う器。内側に規則的に凹凸がつけてあるぞ。むかしの味噌はつぶのあるまま売られていたから、まずコレで擂ってから料理に使っていたものぢゃ
▼とげとげのある妖怪…「ふぐるまようひ」の素材にもなっている革篭[かわご]のすぐ右側に描かれているぞ
▼裏側…◆『和漢三才図会』(巻31・庖廚具)曰「裏爪刺 略粗可以擦蘿蔔」



▼豪豬…「ごうちょ」は獣類にあるものの、鼠類のほうにも「はりねずみ」(蝟)な存在として「豪豬」の情報はあり、現代人が想像する「やまあらし」と『五雑俎』の記述を基本とした「ごうちょ」が完全に重ならないところも多いところもあるのぢゃ
▼魚虎…『和漢三才図会』は「ぎょこ」(魚虎)のなかに「しゃちほこ」の紹介もしているが両者は隔たりのある別物であって、ここで「ごうちょ」になることもあると説かれているのは、「ぎょこ」のはなしであって、「しゃちほこ」とは無関係なことぢゃ
▼御上覧…◆大田蜀山人『半日閑話』(巻12・薩州奇獣山嵐)曰「薩摩侯より山嵐といへる奇獣を執政田沼主殿頭殿へ献ず 転じて上覧に入ると云 按[あんずる]に豪豬[ごうちょ]といへるもの也」
▼おそろしき猪のしし…『徒然草』の注釈書のひとつで挿絵を豊富におさめている『なぐさみ草』では、挿絵に14段の冒頭で採り上げられている猪たちと山家の暮らしをしている男女を描いているぞ