五徳猫
「ごとくねこ」には『徒然草』や猫の五徳に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、火吹竹[ひふきだけ]で囲炉裏[いろり]の火を吹いておこしながら、人間のように膝を立てて坐っている猫[ねこ]の妖怪として「ごとくねこ」を描いています。頭のうえには五徳[ごとく]のような角が生えており、火のようになっている尾はふたまたに分かれており「ねこまた」のようになっています。
囲炉裏の近くには粗朶[そだ]も置いてあり、しばらく焚きものをつづけることがうかがえます。「ごとくねこ」の周囲の調度は莚屏風[むしろびょうぶ]のある「田舎家」向きなものになっています。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている五徳が頭にあって、火吹竹を吹いている画像妖怪をリデザインしたものだと見られます。
『百鬼夜行絵巻』から画像要素をほぼ利用しているわけですが、「ねこまた」な度合いを高めており、もともと着せられていた着物などは排除していますし、五徳の爪の数にあわせて3個あったと見られる目の数も、2つに変更して「ごとくねこ」のデザインをつくりあげています。
『徒然草』の226段には、信濃前司行長[しなののぜんじゆきなが]の「五徳の冠者」というあだ名の由来を、御論議の場で「七徳舞」を5つしか言えず「五徳の冠者」とあだ名された――というはなしに仕立てて記しています。
填詞[かきいれ]にも用いているとおり、「五徳の冠者」のはなしを『百鬼夜行絵巻』の五徳の妖怪に結びつけていることは非常に明瞭ではありますが、89段にある「ねこまた」を怖がり過ぎて飼犬にびっくりした法師のはなしも当然、その着想に用いられていると見て、間違いはありません。
いっぽうで、そのままストレートに「猫五徳」ということば自体も存在しており、石燕はそちらも踏まえて「ごとくねこ」という呼び名を生成していると考えられます。
たわむれに「猫の五徳」を語ったとされるのは、万寿寺にいた彬師[ひんし]というおもしろいことをいつも言っていたという僧侶で、この寺の猫には、仁(ねずみをとらない)義(ねずみに食べ物をゆずってやる)礼(来客に出すごちそうにすぐ気付く)智(食べ物をよく隠し盗み食いする)信(冬になると決まってあたたかい竈の灰に入る)の「五徳」がある――と言ったので客人たちは大わらいした、と言います。
このはなしは『揮塵新譚』にあるもので、和漢の説話を多くあつめて絵入で紹介した『絵本故事談』(1714)の「猫五徳」(巻2)をはじめ、広く版本にも載せられて知られていました。
五徳がつけられる生物には「鶏」や「蝉」も存在するわけですが、「ごとくねこ」という呼び名のみを起点に考えた場合、彬師の「猫五徳」は外すことの出来ない情報要素ではあります。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
莚屏風には特に穴などは見られませんが、「ごとくねこ」が坐っているほうの莚[むしろ]には穴がところどころに見られ、ぼろぼろさが浮き立っています。
▼五徳猫
「なりがま」とは「いろり/かまど」な厨火に関連する画像妖怪として描かれており、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。
▼七とくの舞をふたつわすれて五徳の官者と言ひしためしもあらば
『徒然草』226段にある信濃前司行長の「五徳の冠者」のはなしを引いたもの。「ごとくねこ」の「五徳」から引き出したものです。
▼この猫もいかなることをか忘れけん
御論議の席で「七徳舞」のうちのふたつを忘れてしまった「五徳の冠者」のように、五徳の生えている「ごとくねこ」も何か忘れていることがあったりするかも知れないネ――と石燕はおどけています。
「有名なひと」を挙げている場合、「関係あったもの」とするのが基本パターンなわけですが、「五徳の冠者」の「五徳」は道具の「五徳」とは異なるので「関係あったもの」とすることは出来ず、「関係ある挙動」つまり「忘れて返答出来なくなってしまう」ということを繋げています。
しかし、「ごとくねこ」の側に「これを忘れてしまった」というような要素は特に存在しないため、「関係あったもの」ではなく「関係ある挙動」に結びつけている変則パターンに繋げていること自体がおかしみの要素になっている戯文になっています。
『百鬼夜行絵巻』の五徳の画像妖怪を素材にしてリデザインしていることのほうが先に立っていることはわかりやすい構図なので、「五徳の冠者」との結びつけ自体がデザインの上では非常に薄いわけですね。
up.2026.06.08
■五徳猫
――石燕の手による画像妖怪
▼火吹竹…火をおこす息を強く吹き込むための竹筒
▼五徳…おこっている火の上に鍋などをのせるための金属製の道具。3本の爪が上に向かってつくられているぞ
▼莚屏風…竹で枠骨をつくって、わらむしろを張ったダケの簡素なものぢゃ
▼七徳舞…『白氏文集』新楽府にある漢詩
▼御論議…書物の内容についてを問答することぢゃ。後鳥羽天皇のおこなっていたもので、なかなかに手厳しいものであったぞ
▼信濃前司行長…『平家物語』の文章を書いた人物だと兼好法師がつづっている人間。実在不明であるということは徳川代の注釈書でも「伝記知れず」と記載されることが多いことからもよく知れることぢゃ。◆『徒然草』(226段)曰「この行長入道 平家物語を作りて 生仏[しゃうぶつ]といひける盲目に教へて語らせけり」
▼猫五徳…◆『絵本故事談』(巻2)曰「彬師いはく人[ひと]鶏[にはとり]に五徳ありといふ 吾[わが]此[この]猫[ねこ]も亦これにあり」
▼鶏五徳…◆『書言字考節用集』(巻10・数量門)曰「文・武・勇・仁・信」
▼蝉五徳…◆『書言字考節用集』(巻10・数量門)曰「文・清・信・廉・倹」
▼官者…石燕は「官者」と書いているぞ
▼関係あったもの…「五徳の冠者」が学を捨て隠遁した閑居で使っていた「五徳」とすれば「関係あったもの」とすることも可能ぢゃが、石燕は「わすれた」という挙動を使ってしまったので、物に結びつけられなくなってしまっているのだぞ
▼デザインの上…「五徳の冠者」が強く意識されているとすれば、琵琶を弾いて唄っている・あるいは部屋の片隅に立ててある、蝶を追っている・蝶の模様の入って手拭いを懸けるなど、「平曲」や「猫」と組み合わせることの容易な題材があるにもかかわらず、石燕は絵にそういう要素を折り込んではいないのぢゃ