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せとだいしょう

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

せとだいしょう

瀬戸大将

「せとだいしょう」には『徒然草』や曹操や関羽に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。

まえへつぎへ

■瀬戸物できらびやかな武具兵具

石燕は、瀬戸物やお酒やお茶に使う道具たちで身を固めた武将な妖怪として「せとだいしょう」を描いています。顔は徳利、胴は皿、腰は鉢、足は掛灯台などが主な部品として用いられています。

手に持つ槊[ほこ]の先には花瓶、右側の肩には「ちろり」、腰には「きびしょ」(急須)、背中には大きな燗鐺[かんなべ]茶瓶[ちゃびん]銅鑵[やかん]のいずれかのような湯わかし用途の道具をかついでいます。

周辺には木箱や陶器のかけらが散らばっている様子が描かれており、木片からは釘が飛び出しています。 釘の大きさから考えれば、見ひらきになっている「ちょくぼろん」たちと舞台は繋がっていて、人間が手で持ち上げられる程度の大きさとして描かれているものだと見ることが可能です。しかし、猪口と木箱の比率が実寸と整合の取れている「ちょくぼろん」と比べると、「せとだいしょう」は道具の種類が多いせいなのか、実寸の比率関係は統一されていません。

初期のねずみ色の版がキチンと摺られている摺りでは、「せとだいしょう」の顔に植物の文様があります。後摺りの後期のものになると完全に失われてしまうので、端本であっても、この顔の文様の有無で時期をある程度しぼることが可能です。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン?

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いていますが、『百鬼夜行絵巻』には酒器などの画像妖怪は見られないため、どれを素材としたのかはハッキリしません。

しかし、燗鐺[かんなべ]のような形状のものを発想の下地にしたと捉えれば、『百鬼夜行絵巻』に描かれている楾[はんぞう]のようなかたちの妖怪をモトにしているのかも知れません。
楾[はんぞう]のような妖怪は、台車の妖怪を牽っぱる獣に対して鞭[むち]をいれているようなすがたで描かれていますが、その台車のうえにある樽あるいは臼のような妖怪には、おいしそうな液体が入っており、角盥[つのだらい]の妖怪が柄杓[ひしゃく]でそれをすくって盃に酌んでいる様子から、お酒を連想することは、とても容易であるからです。

■お酒は善根を焼くこと火の如し

『徒然草』175段には「お酒」についてのことが幅広くあつかわれています。「百薬の長とはいへど よろづの病は酒よりこそおこれ」とも出て来ますし、「善根を焼くこと火のごとくして 悪をまし よろづの戒を破りて地獄に堕つべし」と飲酒戒をそのまま出してもいますし、「心長閑[のどか]に物がたりして盃出したる よろづの興を添ふるわざなり」と風雅さに欠かせないものであることも褒めています。

■ぼろぼろな茶碗と木箱

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。

散らばっている茶碗などはバラバラに欠けていますし、木箱や棚だったような木片も破壊された状態にありますので、この絵でも明確にぼろぼろさが背景に出ています。

■異版な瀬戸大将の文様

後摺りでは、異なる版木が使われていることがあり、「せとだいしょう」の文様(肩の鉢の八卦の模様をはじめとして、各部位に文様の差異がみられます)や、足元に落ちているお茶碗の欠け具合などが異なることが確認出来ます。

異なる版木が用いられていることの理由は定かではありませんが、「せとだいしょう」に異なる版木が使われている摺りでは「ふるうつぼ」も填詞が失われていることを合わせれば、それ以上の破損が生じていたのではないかとも類推可能です。


▼瀬戸大将
ちょくぼろん」とは「料理の場に持ちいられる食器・酒器同士」な画像妖怪として描かれており、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。

▼槊[ほこ]をよこたへて詩を賦[し]せし曹孟徳[そうもうとく]に
曹孟徳は曹操[そうそう]のこと。長江のうえに船を浮かべ、槊[ほこ]をよこたえながら詩をうたったことは有名です。

この場面でうたわれる漢詩「短歌行」は「対酒当歌 人生幾何……」ではじまるもので、お勉強のためによく読まれていた『蒙求』のなかでお酒のはじまりを説いた「杜康造酒」[とこうぞうしゅ]の文頭にも「魏[ぎ]武帝 楽府 短歌行……」とお酒のことを詠んだ名詩として引用されます。

これらの点からも、石燕がいきなり曹操を導入しているのも、単純に「お酒」に関する道具の画像妖怪を「絵」にしたからだ、という経路がありありとわかります。

▼からつやきの からきめ見せし
「からつやき」は「唐津焼」で焼き物のひとつ。「からきめ」は「つらい目」のこと。

『徒然草』175段にも「からきめにあひたらん人」――と、お酒をたらふく飲み過ぎて発生する失敗や宿酔による翌朝の気分の悪さについてを述べています。

「からつ」と「からき」のつながりでことばを連動させつつ、「せとだいしょう」の素材である「瀬戸物」と「唐津物」との対比に繋げています。『書言字考節用集』(巻7・器財門)では「せとやきもの」のよみかたで「瀬戸陶」が見られます。

▼燗鍋[かんなべ]の寿亭侯[じゅていこう]にや
寿亭侯は関羽[かんう]のこと。こちらも本来の称号である「漢の寿亭侯」と「燗鐺」[かんなべ]の「かん」の音を並べての掛詞になっています。

曹操は敗走して華容道から荊州へ向かう道で関羽から見逃してもらっており、「からきめ見せし」はそこにもかかって来ます。

曹操のお酒に関する詩や関羽との故事と、唐津物・瀬戸物とを掛詞で混ぜ合わせつつ紹介する方法を「せとだいしょう」は採っています。「から」や「かん」などの語呂合わせの掛詞を交互に出しながら進める、という他の戯文とは形式がやや異なる箇所もありますが、曹操の漢詩や、関羽の情けを「よいこと」として見せつつ、酒器茶器に囲まれた「瀬戸物な武将」だという「かたち」との落差でたのしませるのがドチラかと言えば主体になっていると言えます。

填詞としてはここに燗鍋が出て来るので、絵で「せとだいしょう」のかついでいるものが本当に燗鐺[かんなべ]である確率がいちばん高いということにもなりますし、画像要素の主題がむしろコチラ(燗鐺)にある疑惑も引き立ちます。

▼蜀江のにしき手を着たり
「蜀江錦」[しょくこうきん・しょくこうのにしき]は古くから伝わる立派な錦[にしき]の布で、その「錦」と多くの色で仕上げる焼き物の「錦手」[にしきで]を掛詞しています。

『書言字考節用集』(巻6・服食門)では「しょくこうのにしき」として「蜀江錦」が「し」の段の最初に配列されており、格のある錦の名称として知られていたこともわかります。

ちょくぼろん」では玄宗皇帝を持って来ているので、「せとだいしょう」にも填詞[かきいれ]には漢土からの故事をひきごとに持って来た――というかたちになってるのも、「対」になることが意識された意識された構成であると考えられます。


up.2026.06.07

■瀬戸大将
――石燕の手による画像妖怪



▼徳利…お酒はじめ、液体を入れるための焼き物で出来た容器
▼ちろり…お酒をあたためるための銅などで出来た器。茶席などでは陶器でつくられたものも存在したようぢゃ
▼きびしょ…お茶をいれる急須のこと
▼燗鐺…「かんなべ」はお酒をあたためるための道具ぢゃ。『和漢三才図会』(巻31・庖廚具)では「あしなべ」の項の「酒鐺」や「間鐺」に「かんなべ」があてられているぞ。茶席や懐石でもいろいろな形状のものが用いられていたのぢゃ。こちらにも陶器や磁器でつくられたものも見られるぞ。◆『茶道筌蹄』曰「銚子鍋 いにしへは火に懸け燗をする器なりしを織部より席上に用ゆ」
▼銅鑵…「やかん」のこと、湯をわかすための道具ぢゃ。『和漢三才図会』(巻31・庖廚具)では「とくり」の項の次に書かれている項が「やかん」なのぢゃ
▼実寸の比率関係…もともと実寸との比率がとれていなくても成立するので大きな問題ではないのぢゃ。しかし、実寸との比率が活かされているものがあるとすれば、それはひとつだけ巨大に描かれている背中の燗鐺(あるいは茶瓶・銅鑵)なのであろう
▼楾…水をつぐための道具。角盥[つのだらい]や耳盥[みみだらい]と一緒に用いられるものであるので、『百鬼夜行絵巻』のなかで角盥の妖怪の近くに描かれていることも、特定のたすけになるはずぢゃぞ
▼獣…台車の妖怪を曳いている獣は、猪のような牙が生えているぞ
▼樽…臼だとされることが多いが、液体が入っていることを考えれば樽のほうが妥当であろう
▼臼…樽に液体を入れることは普通過ぎるので妖怪たちであれば臼に入れるような乱行があっても不自然ではなかろうということで、臼だと考えることも問題があるわけではない
▼角盥の妖怪…コチラは「つのはんぞう」の画像要素として石燕は使っているぞ
▼肩の鉢の八卦の模様…「せとだいしょう」の肩の鉢には「八卦」の模様が描かれているぞ。初摺りでは全て異なる卦のかたちが並んでいるが、版木が異なる摺りではみんな同じかたちになってしまっていて「八卦」ともわからぬものになっているのぢゃ。「八卦」に限らず、底のほうにあった青海波も異版では消えているぞ
▼異なる版木…版木が違うことによる「絵」の違いは『大佐用』vol.334「瀬戸大将の肩の卦」で詳しくあつかったので、あわせて眺めるのぢゃ



▼曹操…魏の武帝。黄巾賊もこの槊[ほこ]で打ち破ったのぢゃ
▼杜康…黄帝の時代に、お酒をはじめてつくったとされるひと。禹王の時代の儀狄[ぎてき]というひとがはじまりだとする別の説も『蒙求』の「杜康造酒」では紹介されているぞ。◆平川伸『箋註蒙求校本字引』曰「杜康は黄帝の時 始て酒をつくり世に広めためもの也」
▼関羽…蜀の武将。石燕は『絵事比肩』でも「関羽」のことは絵に描いているぞ
▼見逃して…関羽は曹操から受けていた旧恩を忘れておらず、それにむくいたかたちの情けになるぞ。◆『通俗三国志』(巻20)曰「孔明が曰く曹操華容の道条[みちすぢ]へ来らざるか。関羽が曰く曹操すでに華容の道へ来ると云ども某[それがし]無能にして取[とり]にがせり」
▼漢の寿亭侯…この称号は関羽の旗の文字にも書かれていたものぢゃ。◆『通俗三国志』(巻10)曰「玄徳しばらく見玉ふ所に 漢の寿亭侯関羽と書[かき]たる旗を差出せり」
▼蜀江錦…蜀錦。「蜀紅錦」とも言って、赤の色(またはそれが褪せた黄色)が特に珍重されていたぞ。「茶入」や茶壷の「口覆」、茶室の豪華な「掛軸」の表具などにも使われる立派な裂地ぢゃ。